使令労組5周年記念
作 ・ 空さま
2010/10/16(Sat) 23:46 No.189
「ああ、驃騎。帰っていたのか」
そこには猫型の真っ赤な猛獣を思わせる使令が遁甲を解いてくつろいでいた。
「おう、重朔か。ついさきほど金波宮についたよ」
そこへ、ちいさな猫のような大きさの鼠が寄ってくる。
「ちぃちぃ、じゃじゃ。じゃじゃっこ」
「うははは、雀瑚、くすぐったいよ。わかったわかった、はいただいま!」
「ちぃぃぃ!」
「雀瑚は驃騎になついているからな」
重朔が微笑みながら、雀瑚の頭をなでる。
「それで、総会はどうだったんだ?」
十二国全使令労同組合連合、略して「十二使労連」は慶の使令が発案して、雁を中心に作られたものだ。現在はその5年目、今年の総会開催国は漣、廉麟の使令である什鈷が代表に選ばれている。
景王が延王に依頼して、泰麒捜索が十二国(すべてではなかったが)で合意の上行われたのは有名な話である。そこで、使令たちの労働があまりにもきつかったため、このあと出された慶国の使令たちの提案は、またたく間に十二国(正式な王が立たず麒麟もまだ生まれていないので一匹の使令もいない国もあったが)で受け入れられ、組合ができたのである。
これとは別に、各国の王も絆を深めるべく年に一度会うことが約束されていた。王か麒麟かどちらかが出席して親交を深めることになっていたのだが、そのついでに憑いて行った使令たちも、組合の総会を開くことにしていたのだ。それが、9月吉日と決まっていた。今回は陽子が漣へ出かけている。冗祐が陽子に憑き、班渠が同行しているので、総会には驃騎が出かけていた。
もちろん、総会に出席することは、組合の権利として各国の麒麟が認めていることだった。であるから、驃騎は使令としての務めを果たす必要が無く、総会に出席できるのだ。
「ああ、今回はすとらいきの具体的方法を教わってきた」
「本当か!!」
「じゃじゃじゃ?!」
「おう、なんでも什鈷のやつ、蓬莱と崑崙へ行ってきたらしいんだ」
「ええっ?」
「ああ、蓬莱のほうはある程度労働者の権利が確立したってことで、今は細かい条件なんかで話し合いで解決しているらしいぜ」
「いいよなー俺たちなんか、それ以前の問題だからなーーー」
「ちち、じゃじゃこっこっこ!」
「まあ、それもでかいとこ(会社)だけみてえだけどな。いまだに小さいところは組合もないんだと」
「やっぱそうか。なんでも数が力になるんだよなーー」
うんうんと一人うなずく重朔である。
「じゃーじゃじゃっち?」
「え、雀瑚お前いいこと言うなあ。それ総会で提案すればよかったな〜」
「え、なんだよ驃騎! お前よくこいつの言うこと聞き分けられるなー」
「ま、俺と雀瑚の仲だからな! な?雀瑚」
「ちぃ!」
「あーー解ったわかった。いいから教えろよ」
「雀瑚はさ。女怪の分会を作ったらどうかって言ったんだよ」
「そういえば、女怪の権利保障って今まで議題に上がったことないよな」
「そうなんだよ。やっぱ俺たちと出自が違うから、雇用者側に近い存在だと解釈されてたんじゃね?」
「そうだよなー」
「じゃーじゃーじゃ、ちちちじゃじゃっこ」
三人、いや二頭と一匹は腕を組み首を縦に振っていた。
「蓬莱は何となくわかった。崑崙はどうだったんだ?」
「あそこは、大昔はともかくここ五、六十年は労働組合が国を統治していたんだそうだ」
「ひぇー、信じらんねえ」
「ところが、それは俺たちみたいな雇用者と労働者でなくて、最初は農民が中心だったんだってよ」
「ほうほう」
「それが、今では産業ってやつが発達して、雇用者と労働者の関係ができてきて、賃金の支払いが悪いと『すとらいき』を起こすらしいぜ?」
「仕事をわざとやらないってことだったよな?」
「ああ、そうだ」
「暇なのか、崑崙は?」
「いや、一番忙しい時にもやるらしいぜ」
「それはすげーな」
三人とも、いや二頭と一匹ともうちの所で主上がやばい時にストライキしたら、すぐにでも国が傾きそうだと想像した。主上がもし崩御でもされたら……
「あー縁起でもね!」
「うちの主上みたいに良い主上はなかなかいないらしいぜ」
「そりゃそうだろ?」
「じゃじゃこっこ!!」
何日か経って漣から帰ってきた陽子は、使令たちの分室まで足を運んだ。使令の権利として、慶では使令が休息したり会議をしたりする部屋を一つ、小さいものだが用意されていた。陽子が景麒や諸官の反対を押し切って、勅命で決めたものだった。
「今日はお土産を持ってきたよ。漣の玉泉で良くできるんだって! 蛋白石と青金石っていうらしい」
陽子が脇に抱えていた箱を開けると、そこには白に赤や金の粉が混じったような玉と、青に黒や金の粉が混じったような玉が五つずつきれいに並べられていた。
陽子は、どうみてもオパールとラピスラズリだよね、とぶつぶつ言っている。
「うちの玉泉からも出てくるように、天帝に祈ってみようかな?」
確かに変わった良いにおいがする。帰ってきた班渠も大喜びで加わった。そんなとき陽子は、身体の中が何となくぞわぞわする感覚に見舞われた。
「冗祐、あなたの分ももちろんあるから、今は出てきていいよ。一緒に食べてよ」
陽子に声をかけられ、冗祐は食べる前から有頂天になってしまった。
「だ、だめだ、体が浮いて食べられない」
一人、いや一匹だけ陽子に直接声をかけられた冗祐を他の使令たちは嫉妬のまなざしで凝視していたが、この様子を見てぷっと吹き出し、彼らはいい気味だとほくそ笑む。
ふわふわと浮かぶ賓満を不思議そうに見ていた陽子は、そのゼリーのような足をひょいと引っ張り、下へおろすと
「ほら冗祐、あ〜〜〜〜ん」
陽子に触れられドキドキしていた冗祐は、思わず開いた口の中に、陽子の手によって白い玉と青い玉を放り込まれた。何とも言えない良い香りと、今まで味わったことのない刺激が体中を震わせた。
「じゃあまた、宜しく頼むね。じゃあ、私は帰るよ、みんなお休み」
「「「「お休みなさいませ」」」」
「じゃじゃっこ」
このあと、冗祐に他の使令たちの厳しい視線が集まったことは言うまでもない。冗祐は自分が戦闘に長けた妖魔で本当に良かったとその後回想している。
「逃げるが勝ち」である。逃げ場はもちろん、本来の「仕事」に戻ること、陽子に憑依するということだ。
「「「卑怯者!!」」」
「じゃじゃっここ!!」
終わり