「投稿作品」 「祝7周年滄海祭」

実は… ネムさま

2012/09/03(Mon) 00:07 No.11
 成笙のリクエストをしたのは私です。 牢から出る話をリクした後“そう言えば、牢に入れたのは誰だっけ”と 原作を読み返しているうちに、もやもや〜と妄想が沸き出てきて…
 お祝いがこんな暗い話ですみませんが、ご笑納ください(A^^;)

明けの前

ネムさま
2012/09/03(Mon) 00:09 No.12
 白い影に石壁が冷たく浮かび上がる。
 月が出たのだと、頭の片隅で感じながら成笙は、鉄柵の向こうにある闇から目を逸らさない。
 闇は言う。
「今日は西の堀に100人埋めた」
 その声は掠れ、仙の耳を持たなければ、喘ぎにしか聞こえない。
「あと少し。あと少しで雁は滅びる」
「― 無理です」
 成笙の声が低く響く。
「主上お一人で民全てを殺すことなど出来ぬ」
 しかし闇は引き攣るような笑いを上げる。
「儂が死んでも荒廃は残る。これだけ荒れた国を建て直せる者が、今この国にいるか?」
 成笙は黙り込む。
 稀代の名君と謳われたこの王は、心を病んだ後もその頭脳は衰えず、己に反する者は悉く葬り去った。今雁に残るのは、王の狂気にすり寄るにしろ、身を潜めているにしろ、力の無い者ばかりだ。“自分も含めて”と成笙は面を伏せる。「いくら天の意に沿い善政を敷いたところで、民は満足することはない。安楽に飽いたように争いを繰り返す。ならば、滅ぼしてやるのが本望ではないか」
 地を這うような笑いの後、ゆらりと闇は動き、一瞬月の影に幽鬼の面が映る。
「― 儂の命が尽きる時、お前を呼ぶ」
 項垂れたまま、成笙は目を瞬かせる。
「天にも民にも儂を殺させぬ。儂の命を絶つのは、儂が見込んだ者のみだ」
 成笙は顔を上げる。懐かしい王の瞳を見た―と思う間もなく、闇は消えた。


 目を開くと王の顔が見えた。薄青い闇の中、僅かに首を傾げ眠っている。
 何の感情も伺えない寝顔を見ながら“疲れておられる”とぼんやり思った。
 突如、成笙は自分の膝を掴んだ。
― 俺の前にいるのは誰だ? ―
 向かいの壁に凭れて寝入っている男は、今や歴史の彼方に消えた昏帝―梟王という名を与えられた王ではない。世間からは雁復興の“名君”と呼ばれてはいるが、今夜のように勝手に街へ降りては成笙達に連れ帰させるという余計な仕事を作り、同僚の帷湍からは“主上”と尊称されるより“尚隆ー!!”と怒鳴られる、暢気極まりない男なのだ。その暢気なはずの男が、塑像のように眠っている。
やっと見つけたのが深夜、仕方なく泊まることした港町の安宿は燭台も貸してくれなかった。今狭い室内には明り取りの窓から薄い光が漏れるだけ。僅かに顔を浮かび上がらせ、その下は闇に浸されている。その闇が更に這い上がれば、男はそのまま呑み込まれるだろう。
― また逝くのか? ―
 成笙は思い出す。王からの呼び出しは来なかった。外の歓声と、元の麾下が嬉々と牢の鍵を外すのを見て、何が起きたかは分かっていた。それでも成笙は牢から出ることが出来なかった。
声も出ず膝を掴んだままの成笙の気配に気が付いたのか、男=尚隆はうっすら瞼を開いた。その目は何も映していない。不意に言葉が漏れた。
「海…」
 その言葉が何を指すのか、成笙が理解するのに数刻掛かった。窓の向こうから、微かに波音が聞こえる。ゆらりと影が動き、気付くと尚隆は部屋を出るところだった。
 慌てて後を追うも掛ける言葉も無く、成笙は追うままに尚隆と外へ出た。薄暗い路地を幾つも折れ、やがて浜辺に出る。昏い海の先の空は夜明けの薄紅を刷いたばかりだが、近くの港からのざわめきが、風に乗って聞こえてきた。
 尚隆はぼんやり佇んでいる。海を見ているようで視線は漂い、波音を聞いているようで想いは何処か彷徨っているようだった。
 やがて海上に船影が現れた。それが合図のように、空に強い光が満ちてきた。光に映し出された顔に、静かな笑みが広がり始める。
「行くぞ」
 尚隆は踵を返し、港へと歩き出す。成笙は尚も掛ける言葉も無く付いて行く。そして最初の桟橋が見えてきた所で、急に尚隆は振り向いた。
「実は賭場で負け、少々借金がある」
「借金…だと?」
「だから代わりに、今日は一日漁に付き合うと約束した」
 言葉が終わらぬうちに尚隆は駆け出し、桟橋から舫いを外しかけた舟に飛び乗った。
「明日には帰るから、帷湍と朱衡には巧く言っておいてくれ!」
 成笙が我に返る頃には、舟は見事な速さで船溜まりから出るところだった。
 成笙はきつく、きつく両手を握りしめた。
― 絶対に認めない ―
 五十年の後、民にも王にも何も出来なかった無力感、大切なものを失った喪失感から自分を救ったのは、呆れるほどのいい加減さの陰に隠れた強さ―深い闇を抱えながらも、それに囚われず共に歩める、あの男の強さなのだと、
― そんなこと、死んでも認めんぞ ―
 強い決意を表するため、成笙はあらん限りの声を発した。
「戻ってこい!この、馬鹿者があぁぁ〜!!」
 港に集まっていた海鳥たちが、夜明けの空へ一斉に飛び立った。
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背景画像「空色地図 -sorairo no chizu-」さま
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