「投稿作品」 「祝7周年滄海祭」

参戦っ griffonさま

2012/09/09(Sun) 22:17 No.37
 ってなわけで、相変わらず十二国記二次とは思えない帷湍なお話・・・ ちがう異端・・・です。
 登場人物はオリジナルキャラクタ×1と陽子  蓬莱話となります。
 オリキャラ苦手なかたはスルー願います。

瀬戸(せのと)

griffonさま
2012/09/09(Sun) 22:19 No.38
 海沿いの切り立った崖を登る。九十九折れの間道を、ゆっくりと歩いて。左手は芒の生えた斜面。時折、何の木なのかは知らないが潅木がへばり付く様に生えている。

 右手は完全に開けていて、海を見下ろす事が出来るはずだ。が、この道は四輪駆動の軽四ならどうにか通れる程の幅しかなく、歩き始めてから一度も車と出会うことのない程閑散としているくせに深い轍が刻まれていて、乾燥した埃っぽい薄い黄色の土と石礫だけを見つめながら歩いていないと、いつでも足首の関節をおかしな方向に曲げようと手薬煉を引いてほくそ笑んでいるように思えた。海から吹き上げてくる風があるためと、暦の上では既に秋となったはずの夕方の日差しでは、汗をかく程ではないはずなのに額に汗が滲んで来るのは、そう言う道のせいかもしれない。

 ジーンズのポケットからバンダナを取り出し、汗を拭った。

 睨み付けていた坂道が突然平らになった。

 顔を上げると、六畳ほどの広場になっていて、行き止まりになっていた。どうやら目的の場所についたようだ。広場の海側は、木の柵で囲まれていた。展望台の手摺のような作りの柵は意外に綺麗で、つい最近作りかえられたものかもしれない。両手で揺すってみる。結構深くまで縦の木が埋め込まれているのか、全く動く気配は無かった。手摺に両手をかけたまま見下ろすと、瀬戸内の海と島々が見えた。その中の小さな島に視線を合わせ、しばらく眺めていた。

 午前中はその島に居た。島からふと見上げた時に崖の上のこの柵に気がついたのだ。

 島と島の間の瀬戸と呼ばれる急流の中に浮かぶその島は、中世この辺りを治めていた武士達の拠点だった場所だ。武士と言っても、要はこの辺りを根城にしていた海賊達が戦の為に徐々に纏められていった末の武装集団と言うところでしか無い。徒歩でも二時間ほどで一周することの出来る程の小島に、城……と言うよりは砦と言う方が適切か……を築き、今立っているこの島を拠点の一つとしていた一団と敵対していたらしい。

 こちらの島に拠点を置いていたのは、村上水軍の中の因島村上と言われる一団。そして、対岸の島を本陣としていたのが小松水軍と仮に呼んでいる一団だ。小松水軍は歴史書の類には殆ど出てこない。だから「らしい」と表現するしか無いのだ。この辺りの郷土史のなかにも殆ど現れる事は無い。断片的に書かれた小松水軍らしい記述を寄り合わせると、そこには特殊な事情があったのではないかと考えている。

 その証拠の一つが、件の小島だ。小松の砦の一つであった小島は、因島村上が奪取した後も全く手を触れようとしていない。かなり策を巡らせた上で手に入れたにも拘わらずだ。ところが対岸の本陣は、因島村上の手でかなり変えられてしまっていて、小松水軍の痕跡は全く無くなっている。小島に関しては、その後の時代に下っても、まるで禁域とでも言うように手付かずとなっていた。従って、中世の瀬戸内の水軍の暮らしがそのまま残っている重要な遺跡と言っても良い。

 禁域となった理由の一つは、祟りだ。

 ――新月の丑三刻になると、若い女の幽霊が現れ、景清を舞いながら通りかかる船を沈めてまわる
 ――夜中になると、砦の天守のあった場所から敦盛を謡う老婆の声がする。声を聞いたものは三日後に溺死する
 ――夜、小島の付近を通ると火の玉が現れ、それが船の上に来ると焙烙玉になり、船を焼く

 他にも色々とあるようだが、平家の落人伝説と混じってみたり、西洋のセイレーン伝説と混ざってみたりと様々だが、基本的には島に近寄ることを禁じているような怪談の類だ。

 古文書の記述を拾ってみると、どうやら小松家滅亡となった戦の際、一族郎党だけではなく、所領にいた民草まですべて死に絶えた、文字どおり滅亡したことになっているようなのだ。日本史の中においては、敵対する相手が本当に死に絶えるまで戦われたと言う例は皆無と言っても良い。そう言う戦となった事が、「祟り」と言う形の後悔や懺悔を取ったのではないかと思われる。

 また、小松の最後の棟梁である小松三郎尚隆の人柄もその滅亡の原因となっているように思えた。この件は「祟り」と同様、後世による脚色もかなりあると考えられるが、尚隆は理想的で一族郎党だけではなく民草からも慕われ、絶大なる信頼を得ていたようだ。それ故に、少数の手勢を率いて村上水軍をひきつけ、民や郎党を逃がそうと奮戦する尚隆を見捨てることが出来ず、一族郎党、女子供に到るまでの民草全員が尚隆の元に参集したがための全滅であったと言うのだ。

 この広場からみる小島は、そう言う戦の跡とは思えない。鏡のような凪いだ海に午後の日差しが反射し、漁船の曳くV字の線がゆっくりと広がりながら伸びていく。秋の始まりの潮風が崖から吹き上がり、まだ青い芒を揺らせ、真夏の頃の噎せるような草いきれとは違う落ち着いた匂いがする。少し涼やかなもの変わった虫の音もしていた。


 ふと気付くと、柵の端に一人の少女が座っていた。同じように瀬戸内の海を見下ろしていた。登って来た時には、確かに誰も居なかったはずなのだが。小島に思いを馳せている間に登って来たのだろうか。殆ど赤毛と言っても良い髪を緩く結わえ、古風な……まるで前漢代の衣装の様な服装をしていた。

 ――こんなところでレイヤーの撮影会か何かをやっているのか?

 辺りを見回してみたが、彼女と自分以外には誰も居ないようだ。

 無遠慮に投げつけられる視線に気がついたのか、彼女はこちらを向くと口角を緩めて小さく会釈をした。つられて肯く。

「貴方はこの辺りの方だろうか」
 突然声をかけられた。

「いいえ。仕事でこちらに来ているだけです」
「そうですか」
 明らかにがっかりとした声色だった。

「でも、こんな人気の無い山の上で?」
「いえいえ。仕事をしているのは、下にみえるあの小島ですよ」
「漁師さんには……見え無いのだが」
「遺跡の発掘ですよ。考古学者と名乗るのは恥ずかしい若輩者ですけどね。発掘している遺跡を俯瞰したくて、ここへ登って来たんです。まさか人が居るとは思いませんでしたが」
 へぇと声を上ずらせ、驚いたように目を見開いた彼女は、小島と僕を見比べた。

「では、もしかしたらご存知だろうか。このあたりに、小松と言う応仁の乱で絶えた海賊の末が居た場所なんだが」
 驚くのは、こちらの番だった。見下ろす小島を指差し、あれがそうだと教えた。

 彼女は一瞬、自身が腰掛けた柵に話しかけるような仕草をした。彼女のものとは明らかに違う声が幽かに聞こえた。「主上、お時間です」と言う声と「呉剛環……」その後は聞き取れなかった。彼女は柵の上に立ち上がり、満面の笑みを浮かべて僕に大きく一礼すると、小島を見下ろした。空中の裂け目としか言い様の無い場所から、大きな犬のような生き物の半身が現れた。かと思うと、彼女はその生き物に飛びついた。と見る間に、一人と一匹は消えてしまった。

「これも小松の祟りの一つか?」
 自問自答するように、呟いてみた。祟りと言うにはリアルすぎる。彼女は小松の血縁者の末だろうか。そうなら、僕とも血縁と言える。僕は、都での戦で死んだ小松家の長兄の末なのだから。

 紅く色づいた太陽に照らされ、鏡のような瀬戸内の海も赤く染まっていた。潮が流れ始めたのか、小島の周りには幾つかの渦が巻き、大きなうねりや、緩やかに動く大きな波頭が見える。瀬戸内のもう一つの顔を見せていた。

―了―
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背景画像「空色地図 -sorairo no chizu-」さま
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