「投稿作品」 「祝7周年滄海祭」

ものっすごい遅参ですいません くろまぐろさま

2012/09/26(Wed) 21:51 No.94
 今更ながらお祭り開催おめでとうございます&おつかれさまでございます。
 そして超遅参ではありますが末席に混ぜて頂ければと拙作を持ち寄らせて頂きました、 が……拙宅の延王ってどう料理してもかっこよくならなくて(滂沱の涙)、 おそらく原作の頭あたりで庭掃除の丁稚奉公をしておられたのが拙かったのかなあとか 個人的には思っておりまして、 あれから500有余年経った延王はどうなのよ的な話になっております。
 のっけから陽子さんの変な回想から始まってて「えええ」となるかと思われますが、 出てくる延はちゃんとご健在ですのでご安心をば。 コメディというよりは単なる与太話、という気が……。

たまには俺を悼んでくれ

くろまぐろさま
2012/09/26(Wed) 21:52 No.95
「えっと……雁国延王の崩御から一月」
 だったっけ、と陽子はくるりと瞳を巡らせた。
 何か目に見えるほどの問題があるわけでなく延麒が失道したなんて報せもなかった。だから禅譲だとは思っていたけれど、やっと朱衡さんがいい諡名を思いついたからあっさり退位するなんて、そんなの世界中の誰が予想できただろう?
 何でも二人の馴れ初めが諡名絡みだったとかで、延がずっと彼に考えさせていたのかはさておき、実のところもうとっくに王様業に飽いていて、少なくともここ数十年は密かに朱衡さんの思いつき待ちだったらしいというのだから恐ろしい、もしその閃めきがもっと早かったら自分はここにはいなかったのかもしれないのだから。
 それはさておき、玉座だけをポンと空けるというあっけらかんとした終わり方はいっそ見事で、残された延麒は五百年以上生きてまた王を選ぶ羽目になるなんて思いもしなかったなどとぼやいてはいたけれど、じきに王を見つけてくるだろう。
 そして雁の体制はあの王の下で五百年以上続いただけあってまだまだ健在だ。最後の最後に一杯喰わされてさすがにぽかんとしていた朱衡さんですら、今はもう要職に収まってバリバリ動いているのだから、上手くいけば国がじりじり沈み込む前に次の朝が立つのかもしれない。
 だったら隣国としては助かるなあなんて甘い期待をしてしまうくらい、不思議と雁は空位の時代を上手く乗り切れるようにさえ思えるが――。
 それにしてもあれだ。
 陽子が延を最後に見たのは妓楼、しかも妓女にいい顔したくて無茶な賭博をした挙句借金作って、身ぐるみ全部――それこそ髪紐一本に至るまでそっくり剥がれ、その辺に落ちていたような荒縄で髪を括って靴も履かずに寸足らずなボロの半袴一丁で庭掃除させられていた姿だったから、思い出すと不謹慎は承知で……笑ってしまう。

「笑うな」
「だって延王」
 不機嫌丸出しの延を前にしても、陽子の笑いは止まらない。
「最初はいい調子だったのに、途中で話がおかしくなったぞ」
 思い出話ならもっといいのがあるだろうがと言われ、笑っていた口がツンと尖る。
「延王が私の顔を見るなり、俺が死んだと思ってちょっと悼んでみろなんて変な事言うから。しかもありきたりなのは駄目だなんておかしな注文まで付けるから、話が続かなくって、つい」
 だからあんな与太話に流れてしまったんですよと陽子は肩をすくめてみせた。――だって、実際にあった話なんだから仕方ないでしょう?
「うちの門衛に趨虞を預けたっきり何日も帰らないから、心配して探しに出てみれば場末の妓楼で庭掃除だもの」
 まさか私が景王でこちらが延王だから許してやってくれと言う訳にもいかず、かといって借金はその場ですぐには払いきれない大金。下手したらこちらの身ぐるみまで剥ぎ取られかねない勢いを何とかかわしつつ伝令を金波宮にやって、そこで金子を工面できたから良かったものの、もし誰も探しに来なかったらこの人はどうするつもりだったんだろうと呆れかえったものだ。
 しかも何とか延を『身請け』して帰る途中で、慶の博徒は雁のよりはるかに容赦がないとかぼやいていたものだからついムカッときて、それは悪かったですねと言ってやったものだ。どこかの大国と違って慶はまだ発展途上の国だから、取れるもんは何だって取るくらい威勢がいいんですよ、と。
 ただ、件の妓楼はその後すぐに金子を工面した誰かさんの手が伸びて、今では優良店に変わっていると聞いている。
「性質の悪い博徒はひとたび金になる鴨だと踏めば、尻の毛まで容赦なく毟り取るんですって。だから主上は賭け事なんかに手を出しちゃいけませんよって言われましたよ」
 金子を立て替えた輩が尻がどうとか言ったのかと聞かれ、陽子は違いますと首を振った。
「尻はうちの将軍が。延王が言うあいつも同じような訓示を垂れてしたけど、う〜ん。絶対賭場には行かないという気にだけはなりました」
 桓堆のものの例えだって仮にも若い娘相手に言うのはどうなのって気はするけれど、奴のは言い回しこそ優美なくせにその内容ときたら……いやはやまったく美辞麗句も使いようだ、恐ろしい。
 ふいに湧き上がった寒気を払うように茶を一気に呷れば延も俺だって散々だったとぼやく。おまえの所の誰ぞがご丁寧に勅使まで立ててくれたおかげでな、そう言われて陽子は軽く肩を竦めてみせた。
「いくらなんでも小役人の年収相当の借金をいきなり肩代わりさせられたら、知らせないわけにはいかないでしょう」
 ただ、わざわざ片道三日の青鳥ではなく最速の騎獣で勅使を立てたあたりがいかにもあいつらしいというか、よっぽど腹に据えかねたのだろうが。でも雁だって連絡が届くやすくに為替持参で延を『回収』に来たあたりは何とも手馴れていて、だからいつもの事でしょと混ぜ返してみれば延はいやいや、と首を振った。――陽子、これは肝要な事だぞ。
「いつもこってり絞られるのは事実だ。だかな、実のところ朱衡の堪忍袋はまだ一度も本気で切れてはいないのだ」
 俺が覚えている限りうちの書庫には太綱天の巻一巻ばかりが収められた書庫が二つ三つ……ばかりじゃ済まないが、それはこの際問題じゃない。あの面構えばかりは花も折らぬような優男が本気を出せばそんなものでは済むまい、閉じ込められて書写やら書類仕事で済むうちはまだまだ余裕だと、そうカラカラ笑う顔がふと神妙になった。
「だから、おまえの話を聞いていたらそんな事もありえそうな……そうだな、やっといい諡名を思いついたというよりはあれだ。お膳立てはすべてできているからと迎えに来た足でそのまま逢山に運ばれてしまうような気がしてきた」
「えええ」
 たしかずっと前、酒の席で二人の馴れ初めを聞かせてくれた時に朱衡さんの名付けセンスを「あいつ、その手の感性だけは壊滅的」とこき下ろしていたはず。氾から猿王呼ばわりされる延、そしてその延にダサいと太鼓判を押された朱衡さん、そしてあの騒動からたった一月でのうのうと他国の王宮で茶をすする延……舌の根も乾かぬうちに脱走されて朱衡さんは今頃怒って……る!?それはもうさぞかし……。
 まずい、何だか本当にありそうな気がしてきた。
「延王、長生きして下さいね」
「俺を年寄りみたいに言ってくれるなよ」
 何ならいっそ朱衡を絞っていい案を練らせるかとか豪語してはいるけれど、きっと朱衡さんを絞る前に自分がこってり絞られて終わりに決まってる……そんな陽子の心配をよそに飄々と空を見上げる横顔ごしに見上げた空は、どこまでも澄んだ青だった。
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背景画像「空色地図 -sorairo no chizu-」さま
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