「投稿作品」 「祝8周年激白祭」

投稿します ネムさま

2013/09/11(Wed) 23:30 No.26
 登場人物は結構激白してますが、書き手がお眠りモードなので、 炎が燃えたたないお話になってしまいました。
 でも、この二人を並べられたので、個人的にはすごく幸せです(笑)
 未生さん、素敵な企画ありがとうございました。

休憩時間

ネムさま
2013/09/11(Wed) 23:31 No.27
 香しいお茶の香りに振り向くと、李斎が左手に盆を掲げ持って来るところだった。
「お疲れのご様子ですね、景王」
 苦笑しながら陽子は、手振りで自分の隣を示した。涼しげな風が吹き抜け、頭上の葉を揺らしていく。隠れるように座り込んだ茂みの陰の向こうには、蘭雪堂が間近に見えた。
「そっちへ行こうとしたんだけど、その前にちょっとね」
 それ以上は言わず、陽子はお茶を口に含むと“美味しい”と心底ほっとした顔をする。
「何だか李斎には、すっかりお茶汲みをさせてるね」
「これ位当然です。それに小刀で団茶を削るのは“りはびり”になりますから」
 李斎の慣れない蓬莱語に、陽子は吹き出し、李斎も笑った。
 お茶を飲み終わると、陽子は思い切り伸びをした。そして横を見ると、李斎が微笑みながらそれを見ている。
「あ、行儀が悪いかな。景麒にはよく“王らしく”って注意されるんだけど」
「いえ。景王はお忙しいのに、毎日外殿とこちらを往復しておいでです。のんびりされているお姿を見る方が安心します。それに…」
 言いよどむ李斎に、陽子が目で促した。
「前にも申しましたが、景王がおられると、泰麒と一緒にいるような気持ちになれるのです」
 陽子は軽く笑った。
「そう言われると不思議なんだ。だって李斎や景麒、延台輔からの話を聞くと、泰麒って本当に“麒麟”って感じがするだろう」
 李斎が戸惑う表情をすると、陽子は肩を竦めて蘭雪堂を見やる。
「廉台輔はともかく他の麒麟達を見ていると、“麒麟は仁の生き物”って言われて、納得するか?」
 李斎が必死に何かを堪えている。陽子はすっかり声を立てて笑っている。
「だから、麒麟そのものみたいに優しい泰麒と一緒にされると、照れると言うか、恥ずかしいと言うか―」
「景王はお優しいです」
 凛とした声がした。真面目な顔をした李斎が、陽子に体を向けて言う。
「死に掛けた私を助けて下さいました。その上私の罪を承知の上で、各国の王と台輔方にお声を掛け、泰麒の探索を始めて下さった。本当に強くてお優しい方です」
 陽子はまた笑い掛け、不意に止めた。
「強い…のかな」
 そう言いながらどこかを見やる風の陽子に、李斎は遠慮がちに問いかける。
「…無礼とは存じますが…何かお有りになりましたか」
 僅かに視線を彷徨わせ、陽子は息を吐く。
「官吏相手に、またやってしまった」
 そして子供のように俯く陽子を見て李斎は、陽子の登極が必ずしも官吏達に歓迎されたものではなかったという話を思い出した。
「慶は短い王朝が起こっては消えるの繰り返しだったから、官吏の力が強くて、それでいて纏まりがない。でもそれは仕方のないことだったと思う。命令する者も相談する者もいなくて、それぞれが自分の周囲の問題を解決するだけで必死だった所もあるだろう。
 そこへいきなり、こっちの世界のことを何も知らない子供が上に立って、あれこれ指図されるなんて、意固地にもなるだろうね」
「でも、それは」
 思わず李斎が口を挟む。
「だから何もしなくて良いという理由にはなりません。それに中には本当に私利私欲に走る輩も、残念ながら存在します」
「うん、それは昨年の内乱で身に染みた」
 陽子は軽く笑った。
「でも相手を非難したところで、私が知らないという事実も変わらないだろう。
悪いと思うところを指摘するのは必要だけど、今日みたいに― まぁ官吏達の説明に短気を起こして、浩瀚の言うところの“無用な罵声と嫌味”を付け加えてしまったんだけど― 言葉でも腕力や権力でも、力で相手を押さえつけることは、本当に“強い”ことではないだろう」
 陽子は視線を上に向ける。濃い緑の上に、夏の空が広がる。
「私はこちらに来た時“強くなりたい”と思った。
 一人ぼっちで知らない世界に放り込まれて、妖魔に襲われ、人に騙され、疎んじられて…。だからその時に求めた強さは、裏切られても傷つかない、他人を信じない強さだった。
 でも、ある人に出会って、そうじゃないと思った」
 李斎は黙って陽子の話を聞いている。見た目も年齢も、自分より幼い少女がどれ程の経験をしてきたのか、息を呑む思いだった。
「その人は、私が怪我して倒れていたから助けた―ただ、それだけだったんだ。でも、そんな簡単なことさえ、他人の視線や思惑に気を取られると出来ないってことを、私は知っている。蓬莱での自分がそうだったから。
 そして助けてくれたその人を見捨てようとした時、自分の気持ちを守るために、いろんな言い訳を自分に向かって並べ立てて…あの時、心底“強くなりたい”と思った」
 陽子の手に、蒼猿を切った時の感触が甦る。そして蒼猿の言葉もまた、今も陽子の中に甦る時がある。
「他人を責めるんじゃない。だからと言って、自分を放り出すのでもない。あらゆるものを受け止める力が欲しい。そして、自分が確かに自分の足で立っていると、感じたい」
 夏の静けさが辺りに戻った。やがて、微かな葉擦れの音に、吐息が混じった。
「景王は欲張りなお方です」
 李斎の突然の言葉に、陽子は目を丸くした。
「そのように、あれもこれも欲しいとおっしゃっては、そのうち疲れてしまいますよ」
 おどけた口調で、でも静かに微笑みながら李斎は続けた。
「でも、泰麒もそのような方でした。
 あんなに稚いのに、主上の為に役立ちたい、民の為に何かしたいと、いつも一生懸命考えておられました。けれども私達は、泰麒の幼さだけを見て、真面目に向き合おうとはしなかった…。
 泰麒を手放してしまってから気が付きました。あの、泰麒の真摯な気持ちが、私達にどれほどの慰めと希望を与えてくれていたのか、と」
 李斎の記憶の底には、いつもあの時の光景が焼き付いている。自分の手を振りほどいて走り去って行く小さな背中―その背を追って、ここまで来たのだと、李斎は改めて思った。
「やはり景王は泰麒と似ています。強くて優しい方です」
 李斎の静かな穏やかな眼差しを見つめ返し、陽子はくすりと笑った。
「李斎は本当に泰麒が大切なんだね」
「何のお役にも立てませんでしたが」
「そんなことは無いよ」
 陽子が勢い込んで言う。
「片腕を失ってまで助けを求めに来たことはもちろんだし…。上手く言えないけど、李斎と話していると、ほっとする。泰麒もきっとそうだったと思う。
同じ胎果の私が保証する」
 胸を張る陽子に、李斎は泣き笑いのような笑顔を浮かべた。陽子も笑おうとしたが、ふと小さな欠伸が出た。
「やはり疲れておいでですね」
 李斎は軽く首を傾げたが、不意に“ご無礼を”と言って、左手を伸ばした。
「少しの間なら、どなたも通りません」
 幼い時以来味わっていなかった、柔らかな人の膝の感触に、陽子は戸惑いつつ尋ねる。
「え〜っと、泰麒もこんな風に寝たことあるの」
 笑いながら頷く気配に、陽子も何やら楽しくなってきた。
「それなら胎果の誼で、泰麒から借りようか」
陽子は雛のように丸くなり、自分によく似ているという、まだ見ぬ同胞の姿を、夢の中へ探しに出かけた。
― 了 ―
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背景画像「篝火幻燈」さま
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