「投稿作品集」 「07桜祭」

桜色 griffonさま

2007/04/03(tue)
 桜祭り。楽しませていただいています。ありがとうございます。 「海客楼」のgriffonと申します。
 少しだけ参加させていただければと思いまして、まかりこしました。 つたないものでございますが、お納めいただければと。

 ボリュームは、文字数にして2900文字程の長さになります。
 内容は・・・うぅ〜ん・・・どうなんでしょうか
 CP無しですが、「陽子登遐後」のお話になります。 その手のお話の苦手な方は、どうかスルーしてやってください。
 登場人物は・・・伏せておきます(^_^;)が、オリジナルキャラクターが出てまいりますので、 それについても、苦手な方は、どうかスルーと言うことで。 ・・・なんだか禁じ手ばかりのようで、申し訳ありません。
 すいません。ふっとネタが降ってきてから3hほどでヤッつけたブツですので、 あちこちに破綻をきたしていると思います。

 末声風味警報とオリキャラ警報を付けずに投下いたしまして、 読まれた方には、御不快なものを読ませてしまいまして、もうしわけありませんでした。 今更で申し訳ありませんが、警報を付けさせていただきました。 折角の桜祭りに無粋な事をしてしまい、速世様には御迷惑をおかけいたしました。 もうしわけありませんでした。

桜 色

griffonさま
2007/04/03(tue) No.53
 和州を流れる合水の水を途中から分岐し、固継を抜けて堯天まで。流れているのか流れていないのか判らないほどの速度で、この運河は続いてた。堤は、三段に重ね版築工法で付き固められていた。ちょっとやそっとでは切れる事は無いだろう。


 一段目を大きな黒毛の牛が二頭、ゆっくりと歩いていく。その横を男が一人、まだ青々とした麦の穂を振り回しながら歩いていた。牛に繋がれた太い綱は、運河の中に垂れ下がり、それは運河に浮かぶ船へと繋がっている。流れの殆んど無い運河と船を使って、荷物を運ぶには、この方法が最も有効なのだ。牛二頭で、それが運べる何倍もの荷物を運んで行く事が出来る。拓峰から少し麦州に寄った辺りに、新たに出来た街があり、そこは青海と虚海を結ぶ慶東国の大動脈から、堯天に向かう輸送路の分岐点として、大いに栄えていた。その街が出来たのは、赤王朝になってから暫くしてのことだ。それまでは、拓峰から固継に向かう陸路を使うほか無く、赤王朝になる前には、そこに架かる橋が頻繁に落ちたため、自然と堯天の物価が釣り上げられていた。今では、そう言う事も無い。

 二段目を何台かの華軒が走り、騎獣に乗った者達が行きかう。基本的にこの運河は、和州側の東岸は堯天に行く者だけが通る。そして西岸は堯天から出てゆく者が通る。例外が適用されるのは、緊急を要する怪我人や病人を搬送する時か、火急の用件を帯びた禁軍の通行のみだ。後者が発動される事は、久しく無い。

 一番上である三段目は、徒歩の者達だ。ここは、先ほどの規則は適用されない。何者に急かされる事も無く、人々はゆっくりと歩いていた。時々、斜面に腰を下ろして、のんびりと風に吹かれている者もいた。

 それぞれの通路を隔てる斜面は、淡く煙るように満開になった花弁をつけた木で覆われていた。この堤を造ったおり、景王のたっての願いで植えられた木だ。当時は慶東国でも珍しい木だったのだが、雁州国の宰輔が、蓬莱から持ち込んだと伝えられるその木は、やはり、たいそうその木を気に入った彼の国の国主から大量に贈られた苗木であった。山桜と言うその苗が今は大木となり、運河の両岸を埋め尽くしていた。空を行く騎獣に乗る者達も、この時期だけはこの運河に沿って飛ぶ。それぞれの木が、微妙に色合いを変えながら淡く桜色に煙るような帯を、上空から眺めるのは、格別の感があるからだ。


 堤を使った街道の途中には、所々各段を繋ぐ様に広場が設けられていて、そこには茶屋があった。堯天からそう離れていないその茶屋の前に出された縁台に、一人の老爺が座っていた。節くれだった杖を傍らに立てかけ、両手で奉げるように持った杯を眺めていた。いや、その杯の向こうにある桜を見ているのかもしれない。ふっさりとした鳩色の鬚が、引き上げられるように動いた。鬚の奥で、微笑んだのだろう。深い皺の奥にある瞳には、柔らかな光があった。
 ふと、その老爺が空を振り仰いだ。空中からゆっくりと趨虞が降りてきていた。白よりも黒の縞が強いその趨虞は、広場の中央に降り立つ。趨虞から降りた男が、趨虞の手綱を持って茶屋に近づいてきた。穏やかに吹き付ける風に、頭の高い位置に、赤い組紐で一纏めにした長い黒髪を靡かせながらやって来た男は、老爺の前まで来ると肩膝をついて拱手し首を垂れた。
「浩老師」
 男は、そう言っておもてを上げた。
 老爺は、左の掌で縁台を示すと、男に促すように首肯する。
「失礼します」
 男は、少し間を置いて、老爺の左側に座った。茶屋の女主人が、近づいてきた。それを手を翳して、男は断った。そっと一礼した女主人は、茶屋の女主人にしては優雅にその場を去った。その藍色の髪が風に靡いた。
「やはり、わたしと共に来ては戴けませんか。わたしには、今、貴方が必要なのです」
「私のような爺に、何の用がありましょう。既に死んだ男には、貴方のような若者に与える物など何も御座いませんよ」
 老爺は、柔らかな声色で言った。
「わたしには、師が必要です。信の置ける者の少ない場所では、貴方のような道を知る人が必要なのです。万賈の放蕩息子でしかなかったわたしには、重すぎる。助けて欲しいとは申しません。赤王朝の御世で築かれたこの堤は、その後の四代の昏君の時代にも崩れることは無かった。貴方が築いたこの道のように、わたしにも道をお示し戴けないでしょうか」
「この堤は、私が築いたものではない」
 柔らかな声色ではあったが、老爺の外見には似つかわしくないほど強い声で言った。
「これは、主上……陽子様の築かれた堤。私は何もしておりませんよ。それに、私は老いて逝くだけの者。名残を惜しむだけの者。今を生きる貴方に、示す何物も持ち合わせてはおりません」
「では。何故麦州は松塾で、道を説かれるのか。四代続いた不遇の時代に、民を導いたのは貴方ではないですか。老いたふりをされても、わたしにはその眸にまだ炎が見えます。赤王朝の初代であり、最後の冢宰であった貴方の力を、御貸し戴けないでしようか。わたしには、貴方が必要なのです」
 男の、熱をもった翠玉のような瞳が、老爺を見据えていた。
「お帰り下さい」
 老爺は、両手で持った杯の茶を啜った。
「また、来ます」
 男はそう言うと縁台から離れ、趨虞の手綱を持って広場の中央に歩いていった。そして、趨虞に跨ると、ゆっくりと上昇して行く。山桜の花に隠れて老爺から見えなくなった。

「こんどの王は、なかなか見所がありそうね」
 茶屋の女主人が、盆に茶を載せてやってきた。老爺が縁台に置いた杯とそれを入れ替えた。
「どう? 貴方にはまだ熾火が残っている様に、私にも見えますけど。浩瀚様」
「祥瓊」
 老爺は、女主人のほうに躯ごと向き直った。
「あの子が登極する時に、松塾の門下生達が助けたとも聞くわ。それを指示したのは……」
「私は、金波宮に行くのが怖い。最後の最後でお守りできなかった主上に、何と言えば良いと言うのだ」
「そんなに金波宮が怖い?」
「ああ」
「陽子が生きていたら、水禺刀で殴るでしょうね、きっと。こんな不甲斐ない冢宰だったから、わたしが死なねばならなかったのだって」
 老爺は黙って項垂れていた。
「ここまで言われて、顔を上げられないだなんて、浩瀚様も堕ちたものね。そんなに陽子が怖いんだったら、私が付いて行ってあげるわよ。何しろ、陽子は私には頭が上がらないんだから」
 老爺は、ゆっくりと顔をあげた。
「そうよ。私はあの子に興味があるの。あの目をみた? まるで拓峰の時の陽子のようだったわ」
「私は、それを見ていない」
「まだ僻んでいるの?」
 祥瓊は、鼻を鳴らして視線を老爺から桜に向けた。
「この桜の色のように、優しい人だった。同時に炎のような人でもあったわ。私には、あの子が陽子と重なって見えたわ。貴方が行かなくても、私は行くわよ」
 そう言って、祥瓊は老爺の飲み終えた杯を手に持ち、盆を左手に提げて茶屋に戻っていった。
 その後姿を見詰める老爺の瞳は、いつの間にか怜悧な冢宰の光を浮かべていた。

−了−
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