狂気のはじまり(griffonさま)
狂気のはじまり griffonさま
2008/04/06(Sun) 11:07 No.49
未生様遅くなりましたが、お約束どおり今年もマゼてもらおうと、手土産持参で参りました。
でも・・・
なんでこんなに暗いのしか書けないんだっ>自分
前回末声で御迷惑おかけしたんですが、今回は末声ではないんですけど、やっぱりちょっと・・・
「魔性の子」の設定をベースにしてます。
あくまでベースでして、捏造しまくりのうえ十二国記のテイストは無いかもしれません。
申し訳ありません<(_ _)>
苦手な方はスルーしてやってください。
狂 気 の は じ ま り
作 ・ griffonさま
2008/04/06(Sun) 11:11 No.50
どことも知れない無人駅に降り立った少年は、辺りを見回していた。何故自分がここに居るのかが判らないと言う風情だ。突然、異世界に放り込まれる戸惑い。だが実際には、いつもの駅から電車に乗ったのだ。ただ考え事をしているうちに、見知らぬ場所まで来てしまっただけのこと。暖かで穏やかな風が少年の周りを巡る様に吹き抜けていく。駅舎を出て、どことも知れない町……村……里 ―― 最もしっくりと来るのは里と言うフレーズかもしれない ――へと出た。駅舎と言うには、それはあまりにも粗末に過ぎる。錆付いた鉄骨に申し訳程度のスレート屋根。辛うじて四・五人の大人が座れるだけのスペースがある。ただそれだけだった。駅の構内と構外を隔てるものも、廃材であろうレールをぶつ切りにして地面に突き立てただけ。それも所々抜けて倒れ歯抜けになっている。
「えっと……」
思わず口をついて出た自分自身の呟きに、少し驚いた様な表情を一瞬だけ表した少年は、改めて周りを見渡した。降り立った駅の向こうには、緑の里山がこんもりと立っている。穏やかでなだらかな稜線は、春の暖かな日差しにとても似合っていた。少年の背中に広がる背景も、やはり似たようなものだった。緑眩しい里山に囲まれた谷間に、少年は立っていることになる。雑貨屋と言う風情の商店が、一本だけの道路沿いに疎らに建っていた。あとは畑と田圃。うねうねと続く畦道があるだけ。
「ここじゃない、かな」
再び無意識に口をついて出た言葉を、自分の耳で聞いて、そして溜息を漏らした。
こんなところに必要なのだろうかと思えるような、吸水性のある高機能舗装の道路は、穏やかにカーブを描いて里山の一つを登っていた。少年は、制服の上着を脱いで抱えると、その一本だけの舗装路を山に向かって歩き始めた。
どのくらい歩いたのだろうか。少年の額には、薄っすらと汗が浮かんでいた。高機能舗装自体が穏やかな衝撃吸収性があるためか、舗装路を歩いている割には疲れは感じなかった。もう一つ意外なのは、結構な高度まで上がっていると言う事だ。舗装路からまるで展望台のように突き出した広場が少年の目の前にあり、その広場の先の視界が、爽快に開けていた。それもそのはずで、コンクリートの壁に張り付いたツバメの巣のように、切り立った崖から突き出した場所だからだった。舗装路と広場をガードレールで隔てているために、自動車は入ることは出来ない。広場のちょうど真ん中に、外国製の大型のオートバイが、左に傾いで停められていた。登ってきた少年からは見えないのだが、少年が立っている場所から数メートル先には、オートバイならば入ることが出来るほどの隙間が、開けられていた。
少年は、ガードレールを跨ぎ越えると、吸い寄せられるようにそのオートバイに近づいた。少し遠巻きにオートバイの周りを一周すると、ヘッドライトを見詰めながら、近づいていった。ヘッドライトとメーターの間にある分厚いアルミのプレートを指先で撫でてみた。そのまま指先でメーターを覆ったメッキのカバーを撫で、ハンドルバーをなぞり、燃料タンクに手のひらを乗せた。ゆっくりとオートバイの横に屈みこむと、エンジンを覆うクロームメッキのカバーに映る自分の姿を、不思議そうな表情で眺める。カバーの上にピンク色の小さなシールのようなものが見えていた。顔を近づけてみると、それはシールでは無かった。桜の花弁だ。
立ち上がった少年は、辺りを見回す。オートバイからは少し離れた広場の隅に、一本の大きな桜の木があった。穏やかな春風に揺られた梢から、花弁が静かに舞っていた。オートバイの傍を離れた少年は、桜の木に近づいていった。
「私の”ひえん”がお気に召したか」
桜の木の下から、穏やかな声がした。
少年は、立ち止まって頸を傾げた。
「あのオートバイは”ひえん”と言うんだ」
「それは。メーカーの名前ですか」
「いや。あのコの名前だ」
「……良い、名前ですね。なんだか……」
桜の下の草むらから、上半身が起き上がってきた。肩を越す長い赤茶の髪。黒いレザースーツ。スーツの下にプロテクターが付いている事を差し引いても、広い肩幅。スーツを押し上げる胸の膨らみは、女性のものだ。
「なんだか。何かな」
身体を起こしたその女性は、胡坐を組んで座り、にっこりと微笑んだ。そうすると、華やかな顔に見えるのだが、普通にしていると化粧気の無い顔は、そっけなくも見える。
「懐かしい響きです。”ひえん”ってどんな字なんですか」
「昔の戦闘機の愛称でもあるんだけど、飛ぶツバメだよ」
「飛燕……僕の大好きな……」
「オートバイが好きなのかな。君は」
少年は頸を左右に振った。
顔にかかる赤茶の髪を頭頂部に向けて梳き上げた彼女、そのままじっと少年を見ていた。
「わからないんです」
「そっか。それならそれで良いんじゃない。わかる時がくれば、わかる。今はその時では無い、と言う事ではないかしら」
舞い散る桜の花弁を見あげた彼女は、少年と花弁を見比べた。
「咲いてもいないんだから、貴方はまだ散らないでね」
彼女の言葉の意味が判らないと言う様に、少年は黙って立っていた。
「勘違いなら良いのだけれど。ここは自殺の名所なのよ」
彼女はゆっくりと立ち上がり、背中や尻のあたりについた草を払った。草むらに置かれたままのジェットタイプのヘルメットを両手で拾い上げると、ストラップを持って左手に提げた。
「それに貴方は……自分の重さに耐えられないと言う貌をしているわ」
少年と並んでたった彼女は、再び桜を見上げた。
「貴方いくつ?」
「十三です」
レザースーツが軋む音に、少年は顔を巡らせて彼女を見ようとした時、革製品の独特の匂いに包まれていた。彼女が少年を抱きしめていた。ちょうど胸の膨らみの辺りに少年の頭があった。彼女が呼吸をするたびに、レザースーツの軋む音がして、少し引き下げられたファスナーの間から覗く白のTシャツからは、革製品の匂いとは違う香りがしていた。左手に提げたヘルメットが、少年の背中に当たっていた。
「峠をおりたところにある駅まで、載せて行こうか?」
少年は、頸を左右に振った。
「大丈夫? 結構距離あったでしょ」
彼女は、少年を抱きしめるのをやめ、両肩に手を置くと、少しだけ離れた。
少年は、初めてにっこりと笑って彼女を見上げた。
「大丈夫です」
うなづいた彼女は、右手で髪を梳き上げるとヘルメットの中に頭を納めた。片側のDリングにストラップを通して締めるた。飛燕に近づくと、シートの上に置いてあった、ショート丈のグラブを両手に嵌め、飛燕のキーを捻った。メーターの中に幾つかのランプが点灯した。左手でクラッチレバーを握り締めると、右手の親指でスタータースイッチを押す。頼りなげなスターターモーターの音がした。
エンジンがかかった。スロットルを調整して、アイドリングを探るようにしながら、ほんの暫く暖気をすると、彼女は飛燕をまっすぐに立てて左足でサイドスタンドを払った。そのままステップに足を載せ、セレクトペダルを蹴りこんだ。
一度少年の顔を見て、にっこりと微笑んだ彼女はヘルメットのシールドを下げると、そのままオートバイを発進させた。V型二気筒1200ccの排気量からもたらされるトルクを必要十分なだけ地面に伝え、草むらを安定した姿勢で走るとガードレールの切れ目を抜けて舗装された峠道へと出た。少年が来た方向とは逆の方向に向けて、彼女はオートバイを加速させた。
しばらく曲がりくねった登りがあったがすぐに峠を越え、下りに変わった。長い下りの直線のあと、舗装路は大きく左にUターンをするように曲がっている。彼女は制限速度を大きく上回る速度にまで、飛燕を加速させていく。ガードレールの外側は、切り立った崖になっていて、谷底は彼女からは見えないほどだ。
そのカーブに向けて減速を始めようとした時、目の前にさくらの花弁の固まりが舞い落ちてきて、視界を奪われた。次いで目の前に真っ白な肌の半裸の女性が現れ、彼女に向けて両手を広げた。下半身は見えない。
慌てて強くフロントブレーキのレバーを握り締めた。とても間に合いそうに無い。レバーを握ったまま、左にオートバイを倒しこみ、クラッチレバーを握ってセレクトペダルを一つ蹴りこんだ。レバーをリリースした瞬間に、リアタイヤが悲鳴を上げてフロントタイヤを追い越そうとスライドし始めた。そのまま上半身だけの裸の女性に当たらないことを願いながら、オートバイをわざと転倒させた。
オートバイから剥がされた彼女は、縦に二回転がった後、横向きに何度か転がり、ガードレールの真下あたりで止まった。
―― 李斎殿。何故泰麒をお見捨てになるのか。泰麒は敵に囲まれていると言うに何故御助け下さらない。主上は泰麒をお救い下さるお気持ちが無いと言う事かっ……
自分の声とは違う女性の声がした。彼女はそう思った。いや、確かにした。李斎とは誰だ。泰麒とは誰だ。
「私は……」
彼女は続きを言う事が出来なくなった。
傍らに横倒しになったオートバイの燃料タンクに、幾つかの白い点が見えた。濃く暗いブルーにメタルフレークの入ったその燃料タンクには、やけに目立つ点だった。近づいて見れば、それは点ではなく、桜の花弁だと気付くはずだ。だが、辺りには桜の木は無かった。
* * * griffonさまの後書き * * *
2008/04/06(Sun) 11:23 No.51
汕子が狂気に走る元凶は、勿論泰麒に降り積もる穢濁なのですが、でも躓くきっかけが
何かあるのではないかと言うのが妄想の元です。
李斎に似たオリキャラに置き去りにされた→李斎に見捨てられた→王は泰麒を救う気が無い。
普段なら考えもしない小さな誤解。冷静なら思いもしないこと。
世界から隔絶され、阻害され、拒絶され、味方のいない小さな世界に籠められた汕子。
小さな躓きが、坂道を転がる石のように、悪いほうへと転がり始めるきっかけと
なったのではないかと。
それはほんとに些細な瑣末なことで、そして決定的なことだった。
汕子が初めて命に手をかけてしまった瞬間のお話でした。
すいません。まいどまいど暗いお話で<(_ _)>
来年こそは明るいお話を持ってまいりたいと・・・切に願っています(-_-;)
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