桜塚(由旬さま)
またまた作品投稿いたします 由旬さま
2008/04/18(Fri) 23:59 No.114
桜のお話第二弾です。
別の投稿サイト様に掲載させていただいたものでして、それをこちらに投稿するのは、
出涸らしのお茶を出すような気がしてとても申し訳ないのですが、「桜」繋がりということで
お許し下さいませ。
以前のものと微妙に変わっています。
桜 塚
作 ・ 由旬さま
2008/04/19(Sat) 00:06 No.115
維龍での偽王軍との戦いが終わり、陽子は景麒と共にいったん雁へ戻ることになった。
「すみません。その前に、国を、この国を少し見ていきたいのですが」
陽子は延王に告げた。
反対されるだろうと思った。戦が終わったばかりで、皆疲弊しているのは明らかだった。すぐに雁に戻った方が良いのは判っている。
だが、維龍に向かう途中、雲海の上から見た光景が、どうしても陽子の目に焼き付いて離れなかった。
荒れ果てた国土。何の生物のうごめきも感じられない程、静まりかえった佇まい。雲海の下へ行けば、もっと詳細が解るはずだ。
「気になるか。ならばお供しよう」
少し間を置いてから延王はあっさりそう言った。そして何人かの部下に追随するよう命じ、すぐに手際よく手筈を整えてくれた。
「どこへなりと、お前の思う所へ行ってみるが良い」
陽子は、自分の我が儘を聞き入れてくれる延王の懐の深さに感謝した。
「ありがとうございます」
彼に一礼すると、陽子は騎獣に乗った。
「大丈夫だ、景王は俺が守る」
心配そうに陽子を見つめる景麒に、延王が声をかけた。
「景麒、先に行っててくれ」
陽子がそう言っても麒麟は心配そうな目をしていたが、やがて「御意」とだけ答えた。
征州城を騎獣で飛び立った陽子達は、ほどなく雲海を抜けた。
空から見おろす風景は、どこまでも荒涼とした大地だった。
耕地は雑草が生い茂り、ところどころに黒い固まりがあった。それが家畜の死骸だと解ると、陽子は深く息を吸った。
里や廬は、焼けたり崩れたりして、無惨な姿をさらけ出していた。中には更地のようになってしまった廬もあった。
人の姿はまばらだ。皆たいてい疲れた様子で、空を飛ぶ騎獣の群れを見上げていた。
怪我をして身体のどこかを傷めているのか、動きがぎこちない者もいた。
小さな子供が泣き叫んでいる。その声は上空まで響いてきた。ひもじいのか、親を亡くしてしまったからなのか。それとも陽子達を恐ろしい妖魔と思ったのか。
子供だけではない。大人も泣き崩れている者がいる。
陽子も泣きたい気持ちではあったが、涙は流れてこない。
ただその光景が、胸の奥まで浸透していく。
「降りてみても良いですか」
尚隆に聞こえるよう声を上げて言った。その答えを待たずに陽子は吉量を降下させていた。
空の上にいると、何でも見おろしてしまう。それではただの傍観者でしかない。もっときちんと見なくては。陽子はそう思ったのだった。
そうして地上に降り立ち、自分の足で歩いてみた。
道は何の衝撃を受けたのか、ところどころ穴があいたり、盛り上がったりして凹凸が激しく、常に下を向いて歩かなければならない状態だった。
どこかで何かが焼ける臭いが漂ってきた。鼻につく臭いだった。思わず顔をしかめる随行の者もいた。
時折吹き抜ける風の音が、陽子達の足音に混じる。けものの遠吠えのようなものも聞こえるが、それが余計に辺りを深閑とさせていた。
「油断はするな。まだ妖魔がうろついているからな」
尚隆はなるべく陽子から離れずに、剣の柄に手を当てたまま歩いていた。
しばらく行くと、一本の大きな木が陽子の目に停まった。
辛うじて、塀が残っているだけの廬の側に、ぽつんと立っている。
荒廃から取り残されてしまったのか。
その黒々とした枝に、緑の葉が付いていた。まばらに付いて、大きな木には心細い数であった。
だが、空は曇りくすんだ色しかない光景の中で、その葉の緑色は際だっていた。
「桜の木だな」
尚隆も見上げていた。
「これは生き延びたようだ。うまくいけば来春には少し花をつけるだろう」
まばらな花でも、咲いたら美しいに違いない。
陽子は想像しながら、葉の緑色を眺めていた。この生命力の薄い大地の上に、生き残って葉を付けている木。その力強さに感心した。
この国の希望を象徴するかのようだった。
いつか満開の花を咲かせて欲しい。
そう願ったところで、陽子はふと、廬から少し離れた場所に、土嚢のようなものが積み上げられているのに気付いた。
よく見ると、土嚢ではない。
更に、酷い異臭が漂っている。
それに近づこうとしている陽子に気付いた尚隆は、一瞬声をかけようとしたが、黙って後からついて行った。
それは土嚢などではなかった。
累々と重ねられた死体だった。それも――
「半獣」
陽子はその場に立ち尽くした。
すべて半獣の遺体だった。
完全に半獣になっている者もあれば、人型に戻る途中のような形のまま、息絶えてしまった者もあった。下敷きになっている者ほど、腐敗が進んでいる。
「半獣兵だ」
重い口調で後ろから尚隆が告げる。
「戦いが起これば真っ先に徴兵されるのが半獣だ。半獣だけの隊が組織され、そして最前線に配置される。彼らの中には熊や牛といった力のある半獣もいるからな。地上戦では重宝がられる」
陽子はよろけながら一歩前に進んだ。
――半獣は半人前だ。だから田圃はもらえねえ――
鼠の半獣である友人の声が頭の中に響く。
――半獣だから少学には行けねえ――
陽子は積まれた死体のすぐ側まで来ると、膝を折った。
――なのに税金は余計にかかるんだ――
それなのに、戦争が起これば一番に集められ、最も危険な目に遭わされるというのか。
陽子の顔は歪んでいた。
半獣の扱いは国によってまちまちだ。だがこの目の前の半獣達を見る限り、慶の半獣も巧と変わらない扱いを受けていることは間違いない。
「この、この遺体は誰が葬ってあげるのでしょうか」
その質問に、尚隆は一息吐いて答えた。
「誰もいない。誰も半獣の墓を作らない。たまに肉親が捜し出して引き取る場合もあるが、こんな風に置かれてしまっては、もはや誰が誰だかわかる術もなく、ただ妖獣や野生の動物に食われ、腐っていくだけなのだ。あるいは、どこか遠くの荒れ地や沼地に移動させられ捨て置かれるのがおちだ」
死んだら土嚢のように積み上げられて、放っておかれるのか。墓も無いのか。
陽子は言葉を失った。しばらくその場で動けなかった。
よく見れば、狸や兎と言った小動物の形をした半獣もいる。鼠もいた。
楽俊……
陽子は友人の顔を心に浮かべ、両手を握りしめた。目が霞んできた。
その様子を見て、尚隆は陽子の肩にそっと片手を置いた。
「貴方の国にも半獣兵はいるのですか」
声を震わせて陽子は尚隆に尋ねた。彼はふっと笑って言った。
「俺もこんなやり方は好かん。半獣兵はいるのはいるが、一般兵と同じ扱いだ。それ以上でもそれ以下でもない。半獣も普通の人間だからな」
陽子は口をぎゅっと結んで大きく頷いた。
尚隆のその言葉ほど、心強いものはなかった。肩に置かれた尚隆の手の温もりは、今の陽子にとってかけがえのないものであった。
そして目を一拭きして、立ち上がると尚隆に向き直った。
「お願いがあります」
桜の木の下に穴を掘って、半獣達の遺体を運び入れ埋める作業が始まった。
陽子も兵士と共に土まみれになって働いた。尚隆も荷車を調達して来て、遺体を運んだ。
ようやく完成した時、既に日は暮れかけていた。
陽子は桜の木に手を伸ばし、一枚だけ葉をつけた枝を一本折って、出来上がった塚の頂上に置いた。
土の色の上に、一枚だけの葉の色が弱々しい。
だが、頭上にはもう少し多い数の葉の緑がある。そして花が咲けば、そこに桜色が加わる。
せめて、これで許して欲しい。
陽子は塚に向かって手を合わせた。
弔いの花は、今は手向けられないが、いつかきっと満開の花を供えよう。
「この桜の木だけではない。国のどこかでこのように、堂々と生き永らえて、時が来るのを待っているものはたくさんあろう」
尚隆の声は、陽子を励ますように快活だった。
「それは、人も、でしょうか」
すると尚隆は頷く。
「半獣兵の続きになるが、慶のどこかの州では、半獣の将軍がいるという噂を聞いた」
「半獣の?この慶で?」
陽子は目を見開いた。そんなことが可能なのだろうかとにわかに信じられなかった。
「あくまで噂だ。だが本当なら、登庸した側に法令違反をした者がいるということだ。将軍の地位に値する半獣がいて、法令を無視してまでその半獣に地位を与えたかった者がいた、そういうことだろう」
当たり前のことをするのに、法令違反の罪になるとは、何かが大きく間違っていると陽子は思った。
「法令違反を承知で、人の道を貫く者もいるとすれば、頼もしいではないか。慶の民全員が半獣を差別しているわけではない。公平な意見を持った王がいれば、立ち上がってくれる民は大勢いるであろう」
五百年生きた王の言葉は、陽子の胸に響く。
その顔にやっと穏やかな表情が戻ってきた。
尚隆は陽子の肩をぽんと叩いた。
「だが気負うことはない。お前はお前で良いのだから」
陽子は黙って頷いた。そして振り返って塚を見た。
桜の木が覆い被さるように、塚を守っているようだった。
今はまだ夏の盛り。秋が来て冬が過ぎ、春が来る頃その枝に、桜の花はついているだろうか。
来春でなくても、その次でも、もっとずっと先であったとしても、必ず花は咲くと信じよう。
陽子は手綱を取ると、再び騎獣に乗り、空へと舞い上がった。
地上にあるものは、みるみる小さくなっていく。だが陽子の心の中では、そのままの大きさで残っているのであった。
* * * 由旬さまの後書き * * *
2008/04/19(Sat) 00:37 No.118
桜の花は咲いてないのですが一応「桜」ということで、よろしくお願いいたします。
勝手な設定がいろいろ入っていて、そんなわけないだろ〜という声が聞こえそうですが、
どうか広いお心で読んで頂ければと思います。暗いお話で申し訳ありませんでした。
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