所変われば(五緒さま)
「投稿小説」 「08桜祭」 「玄関」 


第三の桜餅(笑) 五緒さま

2008/04/25(Fri) 20:14 No.181

 未生さんの『ここで、もち米派も登場されたらますます楽しいかも。』とのコメント (bP78)に、妄想が膨らんで出来上がった作品です。
 「春の茶会の小さな嵐」も過去の出来事として引用させていただきました。



所 変 わ れ ば

作 ・ 五緒さま
2008/04/25(Fri) 20:24 No.182

 私と六太くんは目の前にあるお菓子を見て、同時に驚きの声を上げた。

 
 雁国に休暇を兼ねて滞在中、六太くんに花見に行こう、と誘そわれて、たまととらに乗り関弓の郊外に向かった。遠くにぼんやりとしていた色彩が、だんだんとはっきりしてくる。そこには白から濃い紅色までたくさんの色が溢れていた。
 思わずもらした感嘆の溜息に、六太くんが壮観だろ、と声をかけてきたけれど、あまりのことに私はただこくこく、と頷くだけだった。

 さほど高くない山の三合目あたりにある開けた場所に降り立ち、そこに植えられている多種多様な桜を一本一本、心ゆくまで眺めた。
 私がこの時期に仕事込みとはいえ、休暇でこの国を訪れるのは初めてで、日程が決まったときに、あのひとと六太くんがここへ私を連れてくることを計画してくれていたそうだ。
 あのひとは残念ながら急な案件が上がってきたとかで、一緒に来ることはできなかったけれど。


 時間を忘れて桜に魅入る私に、そろそろお昼にしようぜ陽子、と六太くんが私の袍の袖を引っ張りながら、出店の並ぶ場所へと足を向け歩き始めた。その時、ぐるぐるきゅ〜、と小さな音が聞こえ、前を行く六太くんの耳たぶが少し染まったけれど、聞かなかった振りをし、歩く速度を速めた。

 出店には六太くんも食べれるものが結構あるらしく、あちらの店こちらの店と覗いては、手に持っている大き目のお皿に次々と盛ってゆく。あまりの多さに全部食べれるのだろうかと心配したが、席に着いて彼の食べっぷりを見ると――お腹が空いていたこともあるだろうけど――さすがは男の子だなと感心してしまった。
 

 お茶をすすりながらしばらく他愛もない話をし、それからまた、桜を見るため場所を移動した。
 こんどは先ほどよりも上、四合目から五合目を緩やかな坂道に沿って登る。道の両端に植えられた桜の枝が天蓋のように空を覆い、花の合間に見え隠れするくっきりと晴れ渡った空の蒼さとの対比に、また溜息がこぼれる。
 幾度も立ち止まり景色を眺めては溜息を零す私をせかすことなく、一緒に歩いてくれる六太くん。私が感謝の意をこめて笑みを向けると、彼は満足そうに頷いた。

 五合目にも三合目よりは少し狭いけれど開けた場所があり、食べ物を扱う出店も並んでいた。
 今度はなんかおやつを食べようぜ、という六太くんに同意を示し、連れ立ってお菓子を扱う店が並ぶ一画へと向かった。

 どれもこれも美味しそうだよね、といいながら二人して決めかねていると、ある出店で「桜餅」と書かれた小さな幟が翻っているのが見えた。
 桜餅がこちらにもあるんだね、と六太くんに言えば、俺も初めて見る、と応えが返ってきた。おやつにはそれを食べることにした私達は足早にその店に行き、簡素な棚に並べられたお菓子の中から「桜餅」と札がつけられたものを見つけ、二人同時に驚きの声を上げた。

 大きな声を出し周囲の注目を浴びている私達に、その店の主らしい年配の男性が声をかけてきた。促されるままに店先に置かれている長椅子にすわり、お茶まで頂いてしまった。
 私達が落ち着いた頃、頑固そうな顔立ちとは反対に、まるで孫にでも話し掛けるような優しさを含んだ声で、何をそう驚かれたのかな、と問われた。私と六太くんは顔を見合わせ、意を決したように頷きあい、その訳を話した。

 老主人は静かに私達の語りに耳を傾け、そうかそうか、と顔に刻まれた皺を更に深めて微笑んだ。そして、二人の親御さんはどちらかは海客でそれぞれ関東と関西の出身かな、と問うてきた。
 親が海客かと問われたことにも驚いたけれど、関東、関西という言葉に私達二人は目を瞠り、なぜ、と呟いた。店主は私達の驚くさまを楽しそうに見つめ、種明かしをしてくれた。

 店主によると、塩漬けの桜の葉を使うのはどの地域でも変わらないらしいが、関東では粉を溶かして薄く焼いた皮を作り、それに餡玉を挟んで二つ折りにするか、もしくは焼いた皮でくるりと餡玉を包むかしたものを「桜餅」と呼び、関西ではもち米を蒸して乾し、粗く砕いて作った粉で生地を作り、餡玉を包んだものを「桜餅」と呼ぶのだという。
 余談だが、と切り出した店主は、関東では関西の桜餅を「道明寺」、関西では関東の桜餅を「長命寺」と言って区別していることも付け加えてくれた。
 ずいぶん昔に、私と六太くんが「桜餅」のことで口論した時の記憶がよみがえり、ちらりと六太くんのほうに顔を向けると、彼も同じだったのか、私を見上げてにまっと笑った。

 それならばこの店主が作った桜餅はどこのだろう、と疑問に思い首を傾げると、お前さんたちは倭の地理は知っているかね、と問いがきた。
 はい、と頷くと、店主は東のほうに視線を向けて、私は北部九州の出でな、生まれ育った所ではもち米を蒸して生地を作り、餡玉を包んだものを「桜餅」と呼んで食べていたんだよ、と懐かしそうな声で語ってくれた。
 そして、東の彼方に向けていた視線を私達のほうに合わせ、だから関西や関東の和菓子店に修行に出たときは、今のお前さんたちのように驚いたもんだよ、と子供のようなくったくのない笑みを浮かべた。

 
 店主が訪れる客の相手をする合間合間に語ってくれる和菓子にまつわるいわれはどれも面白く、気が付けば日は西に傾きかけ人通りも疎らになってきていた。
 あのひとへのお土産として桜餅を買い、長居をしたことを詫びると、店主は久しぶりに和菓子のことを話せて嬉しかったよ。ありがとう、と逆に礼を言った。ふと、一瞬、寂しそうな笑みを見せて。

 帰り際、体が続く限り桜の時期はここで店を構えているから、またいつかおいで、と声をかけられた。
 体が続く限り――この言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚え、とっさに返事ができなかったけど、それでも何とか笑顔をつくり応えを返した。


 とらの背に乗り玄英宮へ帰る道すがら、沈んだ気持ちをもてあまし黙りがちな私に六太くんが、あいつにお土産に買った桜餅を見せたらどんな反応するか楽しみだな、と気を引き立てるように明るい話題を振ってくれた。
 あのひとのことだから、きっとあの時のように拘らずに食べるんじゃない、と返せば、つまんねぇ奴だよな〜、と同意を求められたけれど、微笑むだけに留めた。

 
 玄英宮の禁門が見えてきた。珍しくもあのひとが迎えに出てきている。
 さっきは六太くんにああ言いはしたものの、密かに楽しみにしている。あのひとの反応を。

 夕餉の後が待ち遠しいな。



* * *  五緒さまの後書き  * * *
2008/04/25(Fri) 20:31 No.183

 拙宅の設定は、赤楽100年前後であの方が行動に移すことになっていますので (まだ祥瓊視点の話しかアップしていませんがA^^;) この話は赤楽も100年半ばを過ぎた頃としています。
 去年、未生さんから「道明寺」を教えてもらいショックを受けたのに、 今年は某十二国記サイトの管理人さんの日記で「長明(命)寺」を知り、 さらにショックの度合いを深めた私です。
 そんな驚きを作品に込めてみましたが、上手く伝わりましたでしょうか?
 先月末か今月始めだったと思いますが、地元のM越デパートで、全国の和菓子を一堂に集め 販売する催しがありました。 このときが「長命寺」「道明寺」両方見るチャンスだったのですが、あいにく出かけられず、 機を逸してしまいました。
 その後ネットで色々調べると、東京の和菓子職人さんが両方の桜餅の作り方を丁寧に解説した HPに行き当たりました。 二連休で休みを入れている日があるので、先ずは「長命寺」作りに挑戦してみたいと思います。
 先の作品「花立ち返る」に感想を頂いているのに、返事が遅れていてすみません(滝汗) なるべく早く書き込みます。

感想ログ

五緒さまの素敵なサイトはバナーからどうぞ

雪待月庵


背景画像「AtelierCoCo」さま
「投稿作品」  「玄関」