4月1(由旬さま)
「続」 「投稿小説」 「08桜祭」 「玄関」 


はじめに 由旬さま

 けろこ様#47より連鎖妄想です。 #63未生様「咲けよ乙女」からも雰囲気妄想いただきました。 のこのこ今頃投稿申し訳ありません。
 拙宅の「はらはら12つき」という連載の最終話を兼ねています。 今までの話を読まなくてもわかるようにしたつもりですが、ところどころにそれまでの エピソードが入っていて、繋がりが悪いかも知れません。


4      月  (1)

作 ・ 由旬さま

 堯天の街中で待ち合わせをするなら、中心部にある広場が一番判りやすい。
 広場の四隅にある、四軒の大きな四阿の、いずれか一軒をその場所にするのが、堯天の恋人達の慣例になっていた。
 そのうちの西に位置する四阿で、陽子は他の人に紛れて浩瀚を待っていた。
 約束の時間よりも随分早く来たのは、はやる気持ちを抑えきれず気がせいてしまったからだ。
 もう日は暮れていたが、行き交う人の途絶えることはなかった。
 煌々と灯明で照らし出された広場は、昼間とほとんど変わらないくらい賑わっていた。
 屋台が並び、道芸人が笑いを誘い、その間を人々がそぞろ歩く。
 四阿で待っている男、あるいは女は、連れが来ると嬉しそうに、共に雑踏の中へ消えていく。
 平和な街。穏やかな人々。
「こうやって見ると、夜でも安心して出かけられるようになったなあ。だけど――」
 行き交う人にどこからかの難民はいないか。浮民は増えていないか。孤児が不当に働かされていないか。あそこの屋台で売られている物の値段は上がっていないか。人々の生活水準は変わっていないか。
 ついつい、王の眼で見てしまう陽子であった。
「随分早くいらっしゃったのですね」
 聞き覚えのある声に、はっと我に返る。
 振り返ると浩瀚がいた。
「そういうお前こそ、まだ約束の時間よりずっと早いじゃないか」
 陽子は言いながら、浩瀚をまじまじと見つめた。簡素で地味な袍子を着込み、髪は結っているが無地の紐でまとめただけである。格好はいたって平凡で目立たないが、その端正な顔立ちが逆に目について、陽子は思わず目を伏せた。
 いつも見慣れた浩瀚の姿ではない。それが新鮮に映る。そこには冢宰といういかめしい肩書きはなかった。ただ優しい眼をした秀麗な男がいるだけだった。
 
――今宵わたくしと夜桜を楽しみに参りませんか――
 浩瀚がそう言って誘ってくれた。
――堯天で、こっそり民に紛れてしまいましょう――
 王宮の外へ浩瀚と二人、しかも互いに身分を隠して。初めてのことに、陽子の心は色めき立つ。
――いくら公認でも、王宮から一緒に堂々と行くのはどうかと思うので、時間を決めて現地で待ち合わせしましょう――
 と言う浩瀚の提案も、ごく普通の恋人同士が交わす秘密の約束のようで、陽子の胸を一層ときめかした。
 それでもどこか気恥ずかしいのは、王宮を離れこんな場所で浩瀚と会っている自分が、自分でないような気がするからだった。
 王宮で二人きりになっても、王という意識は無くならない。一人で街へ降りる時も、王としての自覚を持ったままだ。だがこうやって民に混じって浩瀚と二人でいると、陽子は自分が王であることを完全に忘れてしまいそうになるのだ。
 本当にそれで良いのだろうか。
 陽子は自分が唯人になることをずっと封印してきた。それをこうして解いていくことが、嬉しくもあり怖くもあった。
 だから、「では参りましょうか」と浩瀚から差し出された手の上に、自分の手を重ねながらも、冷静な気持ちを失わないために、周りを通り過ぎる人々に目をやり、夜に紛れて悪党がうろついていないかなどと、気を紛らわす努力をしていた。

 ――そんな格好で行くの?!――
 陽子がちょっと街へ降りてくると告げた時、祥瓊と鈴の二人の口から出たのは、そんな非難じみた声だった。
 それもそのはず、陽子の着ている服は地味な色の袍子、紅い髪は上でくくっただけで、その他装飾品は一切無し。一人で出かけるお忍びの時と同じ姿。これから男と会うというには、あまりにも質素な格好だったからだ。
 祥瓊も鈴も、陽子が今夜、浩瀚と二人で出かけるということは、聞かずともわかっていた。さすがの陽子でも少しはおめかしして行くだろうと思っていたら、いつもと変わらない色気のない服装で出かけようとしている。二人は信じられないと言った表情で顔を見合わせた。そんなことなら、自分達が支度を手伝ってやれば良かったと反省した。
 そんな二人から咎められても、陽子は頓着しなかった。陽子は最初からこの格好をするつもりでいたのだ。
 市井に降りる時に、華美な服装は無用だ。それに、飾り立てるのは本来陽子の趣味ではない。これがありのままの自分。これが本当の自分。だからこの格好で浩瀚と歩きたかった。浩瀚の服装と釣り合いが取れなかったとしても、構わないと思った。それに何となく浩瀚も、同じように地味な格好で来るだろうという予感があった。
 現に、浩瀚はそうだった。陽子は内心とても嬉しく思った。
――浩瀚のことだから、私がどんな格好でやってくるか、予測してそれに合わせて着てくれたのだろうけれど――
 そういうところは抜かりのない男である。
 
 最初だけ繋いだ手はすぐに放されて、二人は一歩分の間をあけて並んで歩いていた。
 隣を行く浩瀚を、陽子はちらりと盗み見た。灯明の光の下では、その面影もいつもと違った風に見える。
 相変わらず優しそうで、穏やかなのだが、どこかその瞳に艶があるのは気のせいだろうか。
 見上げる陽子に気付いて、浩瀚も陽子に視線を落とす。陽子は思わず目を反らした。
「いかがなさいましたか?」
 覗き込まれて、陽子は首を振り、横を向く。
「い、いや。昨日の朝議で上がった税率の低減について、お前に意見を聞いてみようかなどと思って」
 と、咄嗟にごまかした。
 すると、すっと白い人差し指と中指が伸びて来て、陽子の口唇にそっとのせられた。
「仕事の話は、今夜は御法度です」
 そう耳元で囁かれ、陽子は思わず身体を震わせた。
「わ、わかった」
 うつむいて答えながら、陽子の頬は赤くなった。
 紅くらい塗ってくればよかったか。
 陽子は何ものせていない自分の口唇を指でそっと触りながら、先程の浩瀚の指の感触を確かめていた。



背景素材「月楼迷宮〜泡沫の螢華〜」さま
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