「投稿作品」 「09桜祭」 「玄関」 

こちらが本命だったりします  松山瑠璃さま

2009/04/01(Wed) 14:31 No.152

 大阪下界では桜は散ってしまいました。 私の本命ネタのシーズンでございます。
 文字数は、テキストエディット(mac)に 文字カウント機能なんて便利なものが付いてないので 3回数えた平均値です(...)
(文字数カウンターにてカウントいたしました/管理人追記)


甘い情けの波に乗り

作 ・ 松山瑠璃さま

2009/04/01(Wed) 14:34 No.153

 ふらりと遊びに寄った、と笑うと彼女は物悲しそうに微笑んだ。それは想像の範疇であったが、逆に意外であったのは何時もこの時期ならばそのまま園林へと向かう筈の彼女の足がこの房間を出ようとしないことだった。
「どうか、したのですか?」
 泰麒の心に僅かな不安が頭を擡げた。この時期に泰麒が慶を訪れるのは最早恒例行事と化している。国情如何に依って見合せることもなくはないが、これは彼女と泰麒の、二人だけの儀式だった。それは確認の儀式であり、追悼の儀式であり、そして出発の儀である。だが今日、彼女からはその斎場へと向かう意思が…感じられない。

「あれから、結構時間が経つんだよね」
 房間の奥を向いた陽子の表情は泰麒からは見えない。泣きそうな顔をしているのかもしれないし、自嘲の笑みを浮かべているのかもしれない。
「…今年は冬がやけに暖かくて」
 話しながら陽子が大卓の上の茶器を整えていくのを泰麒は佇んだまま見守った。自分に椅子を勧める余裕もない程に彼女の心を占めている何かを、彼は唯只管待った。
「花が咲くのが、やけに早くて」
 漸く彼女が振り返り榻に座るよう促した。浅く腰掛けながらああ、それで花は既に散ってしまったのか、と泰麒は合点する。だから自分は今園林ではなくこの房間で陽子と茶を飲むことになったのだ。
「凄かったんだ。満開の時なんか、それはもう見事で…」

 それは延帝がその最期の冬に慶国に寄贈した一本の桜だった。彼の登遐後開いた花は――どこまでも白く白く、しかしその姿形は泰麒と陽子が蓬萊ほうらいで慣れ親しんだ桜そのもの。
 陽子はそれを見て泣いた。傍らで泰麒がどのように慰めの言葉を掛けようと、肺から空気を絞り出すように声をあげて泣いた。――それ以来、この桜が花開く時期になると泰麒は慶を訪れるようになった。二人で花を見上げ、他愛のないことや時には彼の主従についての思い出をぽつりぽつりと…次第に饒舌に繰り出し、花々の間を笑いが駆け抜けることも間々あった。しかし、花の色は依然として純白のまま。玄英宮で咲き誇っていたその元来の色を取り戻すことは決してなかった。
 
「もう、寿命だったんだって」
 次いだ言葉に泰麒ははっと顔を上げた。見上げた陽子は笑い泣きのような複雑な表情を浮かべている。
「桜って、意外に寿命が短いなあ…って思って、違う、って考え直した。短いって言ったって十年やそこらじゃなかったから。それだけ、私は彼に囚われていたんだな…」
 言いながら差し出された手から茶受けの菓子を受け取ると陽子は茶を入れる。泰麒の視線は葛饅頭の餅に薄紅色の花が散りばめられたその茶菓子に縫い止められていた。

「…これは桜ですか」
 泰麒が僅かに目を見開いて陽子の顔を見つめると陽子は笑んで頷く。
「そう、あの、白い桜」
 今手元にあるものはとても白とは言い難い。これこそ、雁の王宮に溢れんばかりに咲き乱れていた、あの桜たちの桜色。
「こうなると知ってたらさっさと塩漬けにでも何でもしてたのに、妙に感傷ぶって散っていくのをあの人に重ねて…馬鹿みたいだ」
「でも…譲って頂いた苗は玄英宮では確かに桜色に咲いていましたよね」
「うん、幼木ではあったけれどね」
 そう答える彼女の憮然とした顔は、何処か悔しそうで、何処か安堵したようで。まるで彼の人の悪い御仁に最後の最後までからかわれた、その種明かしをされた子供のように彼女は解放されている。

 思わせぶりに桜の苗木を送った延帝の真意は今となっては判ろう筈もないが、形はどうあれこの桜によって陽子は彼の死を乗り越えた。人が人の死を乗り越える時間に長短はない。只彼女に取ってそれが桜の一生だっただけのこと。
 これも正しく再生の儀には違いない、泰麒は餅を食み、仄かに残る塩味を味わった。


後書  松山瑠璃さま

2009/04/01(Wed) 14:43 No.154

 あまり多くを語ると想像の余地がなくなりますが...
 陽子に贈られた苗木は2年生接ぎ木苗です。
 桜の塩漬けは普通八重桜を使いますが 葛饅頭と言う設定の為に普通の桜にしました。 わたしは葛餅に入れる時はお酢を控えめにします。

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背景素材「妙の宴」さま
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