「投稿作品」 「09桜祭」 「玄関」

ありがとうございました ネムさま

2009/05/10(Sun) 20:35 No.328

 お祭りもあと一週間ですね。今年もたくさんの作品に触れさせて頂きました。 一つ一つに感想を書けませんでしたが、とても楽しませて頂き、管理人様方々へ感謝しております。 最後に、記念にもう一品載せさせて頂きます。花弁の一つに加えさせて頂ければ幸いです。


花 便 り

作 ・ ネムさま

2009/05/10(Sun) 20:37 No.329

 水に手を差し入れようとした瞬間、白い薄片が流れ去った。
「さくら?」
 思わず振り仰いだ旅人の目には、しかし、凌雲山の頂から流れ落ちてくるという細い渓流と、それを覆う新緑が映るばかりであった。
 五月に入ったばかりのこの日は、歩いているとうっすら汗ばむ陽気で、水の面も木漏れ日の照り返しに所々強く光っている。その光の見間違いかと思いつつ、旅人の口元は自然とほころぶ。山奥のどこかに残っていた桜の花弁が、手を振り次の季節へ走り抜けていったような、特別な何かを伝えてもらったような気がしたからだ。
 やがて旅人は元気に立ち上がると、また新緑の中を歩み始めた。

「おい!川に物を捨てちゃいかんだろう」
 後ろからの大声に飛び上がった桂桂は、虎嘯の姿を認めると、安堵したらしく今度は思い切り頬を膨らませた。
「捨ててなんかいないよ。桜の花を流していたんだ」
「桜?」
 虎嘯は桂桂が持っている大きな笊の中身を覗き込むと、確かに白に薄紅をさした花弁が一盛り、入っていた。
「ほぉ、まだ咲いていたのか… いや、それより何で花弁なんか川に流しているんだ?」
 虎嘯の問いに桂桂はややためらったが、花弁に目を落としながら話し始めた。
「前に姉ちゃんが教えてくれたんだ。“この花が咲いたら作物の植え付けを始めるんだよ”って。
 でも慶はずっと春が遅かったり、急に夏になったりで、僕はちゃんと桜の花が咲いたところってあまり見たことがなかったんだ。姉ちゃんも、いつも“仲々咲かないね”って溜息をついていた」
 そこで桂桂もひとつ溜息をついた。
「だから金波宮(ここ)でたくさんの桜の花を見たとき、下にいる人たちに“春が来たよ”って、“野良仕事を始めていいよ”って教えてあげたかったんだ。そうしたら大師が、この川は堯天まで流れているって教えてくれて… それで園林(にわ)で桜の花を見つける度にここへ流しているんだ」
 そう言うと生真面目な眼差しで流れの先を見る桂桂の姿に、虎嘯は“あぁ”と頷いた。
 先日降りた凌雲山のふもとは緑に包まれ、麦は早青い穂先を上げ、水を張られたばかりの田が美しかった。それでも、桂桂のすることが無駄だとは思えない。
 慶は新しい季節へ向かっている。若い王が立ち、荒れた地で花を待ちわびる少女がいなくなるよう、少しずつだが進んでいる。そうした“希望”を人々に伝えたい…
 虎嘯は聞いた。
「これは今年最後の桜か?」
「多分、そう」
「それなら思いっきり、送ってやろう」
 そう言うと、大きな手いっぱいに花弁を掴むと、空中へと振り上げた。
 風に花弁と、桂桂の歓声が舞う。花弁は吸い込まれるように川面に落ちると、やがて波と共に白い筋となり、ふもとを目指し勢いよく流れていった。


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