祝・祭開催! 縷紅さま
2010/03/15(Mon) 01:47 No.28
気の早い桜に急かされるようなお祭のスタートでしたね。
今年も開催をありがとうございます。>未生さん
最近、本当っに全然書いていないので、表現も内容もヘロヘロですが・・・
枯れ木も山のなんとやらで投稿させていただきます。
登場人物 |
浩瀚・陽子 |
作品傾向 |
ほのぼの(なのか?) カプなし |
文字数 |
1074文字 |
色は匂へど
作 ・ 縷紅さま
2010/03/15(Mon) 01:48 No.29
冢宰府の一室に、春の長閑な光が差し込んでいた。
その堂室は重厚な黒檀造りで、烏木と呼ばれる濃い色の磨かれた木材に囲まれて、日差しはいっそう煌めいていた。
開け放たれた窓からは、時折回廊を行き交う人の声が聞こえてくる。
それらの声の言葉までは定かではない。
キリキリと巻かれた螺子のカラクリが小気味良く動いているような、活気と緊張感のある府第の空気からぽっかりと切り離された室内は、そこだけ時の流れが違って見えた。
窓際には細かい透かし彫りの施された椅子が、同じく精巧な彫刻と螺鈿細工の美しい小卓を挟み二つ並んで置かれている。
そこに、一人の乙女が座っていた。
彼女は椅子の背に斜めにもたれかかり、膝を抱えて眠っている。
窓から園林を眺めながら、陽だまりの心地よさに眠り込んでしまった風情である。
彼女の頭の後ろで一つに束ねられた髪は紅。
「主上、ご在室でしょうか」
堂室の入り口にある衝立の向こうから、この室の主である男の声が呼びかけた。
府吏から彼女の来訪を伝えられた男――冢宰・浩瀚は、室内からの返事が無いことに僅かに訝しげな表情を浮かべながら入室をした。
開かれた窓。黒檀の窓枠に縁取られた園林には今を盛りと咲き誇る桜の樹が大きく枝を広げ、そしてそれを背景に眠る乙女の横顔を春の陽光が照らしている。どんな絵画よりも胸を打つ光景に彼はしばし目を奪われた。
「主……」
呼びかけて彼は声を途切れさせた。
この一瞬を失ってしまうのが余りにも勿体無く感じたのだ。
音の無い室内。
絹糸のような細い紅の髪を揺らす風だけに、緩やかな時の移ろいを感じることができる。
満開の桜は最初に開いた花の散り初めの時でもある。
咲いては散り、夏には青葉が繁る。
風に乗って一枚の花びらが、乙女の褐色の頬にそっと口づけをするように舞い降りた。
彼はその花びらを眩しげに見つめた。
色は匂へど散りぬるを――
爛漫と咲き誇る花も散っていくように、移ろいゆく人の世。
彼女はこの国の中でただ一人、移ろうことの許されぬ存在である。
長い長い時の中で咲き続ける紅い花。
――この乙女にもいつか本当に、この世界に飽いて散ることを選ぶ日が来るのだろうか。
どんなものにも必ず終わりはやってくる。
彼女は常に「その時」を意識して、王のいない世界のより良きあり方を模索しているように彼は感じていた。仕える者としてそれは、心寂しいことではあっても、彼は粛々としてこの王に仕える。
彼女こそがただ一人、彼の王だから。
やや冷たさを含み始めた風が彼女の体を冷やさぬよう、彼はそっと開いた窓を閉じた。
雲海の下でももう、花の季節はすぐそこまでやって来ている。