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思い出の桜 ネムさま

2010/05/26(Wed) 23:14 No.1005

 4月の始めに京都奈良へお花見ツアーへ行きました。
 この十日ほど後にまた関西へ行く機会があり、東海道新幹線の車窓から、 愛知から岐阜へ入る辺りで印象的な風景を見かけました。 思い出の一つとして書いて見ました。

登場人物   陽子・使令・景麒  
作品傾向   望郷  
文字数   1081文字  




煙     雨

作 ・ ネムさま
2010/05/26(Wed) 23:15 No.1006

 谷間を抜けると、小さな盆地に入った。
 途中から影を射していた雲は、更に低く降り、小高い山々の頭をかなりの速さでかすめ走っている。しかし、その上では明るい陽光が残っているのか、黒雲が時々、白光りした。
「妙な天気だ」
 陽子が一人ごちすると、手綱を持つ手が軽く動く。冗祐が先を促しているらしい。班渠もいるとは言え、一人お忍びの王を、雨が降る前に王宮へ帰したいのだろう。陽子は軽く笑み、馬を走らせようとして、ふと視線を巡らせた。
 盆地のやや片側に寄る小高い土手道から、開けた中心部分を見下ろすと、ぽつりと小さな丘に行き当たる。木に覆われ黒々とした円錐形を一巡り、淡い薄紅の筋が螺旋を描き取巻いていた。
『あぁ、桜だねぇ。きっと丘の上に祠があって、桜並木の参道が丘に沿って、ふもとから続いているんだよ』
 不意に身内から甦った声に、陽子は当てもなく振り返る。そうした陽子の動作に不審を覚えたのか、ざわりと班渠の気配がした。
「いや ― 何でもない。行こう」
 そう言うと陽子は何とはなしに丘の上へ頭を下げ、馬を促した。

 盆地を抜け出すと、雨は既に降り始めていた。広がる淡い緑の田畑は、煙る雨で空との境に溶け込んでいる。ぬかるみに足を取られぬよう馬の速度を落とした陽子は、自分の立つ土手の左手に、田畑を曲がりながら縫うように続く畦道に気が付いた。
 畦道の片側には桜の木がぽつりぽつりと続いていた。植えてから間もないのだろう、幹は細く丈は低いが、花の色は瑞々しい。淡い緑と灰色掛かった空に、更に淡い薄紅の花 −
 あぁ、と陽子は思い出す。これは祖母の家に行く途中、列車の窓から見た風景と同じだと。
 あの時、幼い陽子に話しかけたのは祖母だったのか、それとも母だったか。片並木の桜の花が雪洞のよう、先の霞む道へと誘っている。
『この道の向こうは…』
「主上!」
 陽子の体ががくりと揺れた。瞬きを幾度か繰り返すと、雨は先ほどよりも強く降っている。土手の下で、慌てたような激しい荷車の音が駆けていった。
 もう一度目を凝らしたが、畦道の桜の花も雨に紛れている。傘を被った陽子の顔にも、雨水が幾筋か走っていた。左手がそっと動き、陽子の頬を撫でた。
「… ありがとう」
 陽子が微笑むと右手が手綱を振り、馬はまた歩き始めた。

― 異界が見えました ―
 後に班渠と冗祐から報告を受け、景麒は思い出した。
 ごく偶に、蝕でも呉剛門でもない、異界と通じる道が現れることがあると、碧霞玄君がお伽噺のように語ったことがあった。けれどもそれはあまりに稀なことだとも。だから景麒は、主には何も伝えなかった。

 金波宮の外は、もう新緑の季節へと移ろうとしている。


― 了 ―




思い出の桜 ネムさま

2010/05/26(Wed) 23:14 No.1005

思い出の桜



 今年も桜祭りのおかげで、いろいろな桜に出会えました。 4月の始めに京都奈良へお花見ツアーへ行き写真を撮りましたが、 こちらに載せようとして容量が大きすぎ失敗。管理人様に縮小して頂きました。 感謝と思い出としてUPさせて頂きます。場所は京都の哲学の道です。

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背景画像「Studio Blue Moon」さま
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