「投稿作品」 「11桜祭」

初めまして。お邪魔させていただきます Baelさま

2011/04/08(Fri) 23:52 No.298

 初めまして。Baelと申します。
 桜の花が次々と開いていくのを見ている内に、不思議と浮き浮きと浮かれ騒ぐ心地で 流れ着かせていただきました。
 その割に、お邪魔させていただくのが何やら華のないお話セット。 このような華やいだお祭りの場にあって非常に申し訳ないのですが、 賑わいの片隅にでも混ぜていただければ幸いです。 なお、恋愛込みのCPは今回のお話では特に意図しておりません。

第1話 桜説
登場人物   陽子・柴望  
作品傾向   ほのぼの?  
文字数   3651文字  

桜   説

Baelさま

2011/04/08(Fri) 23:53 No.299

遠く見上げた空は柔らかな薄青。すうっと淡く刷毛で描いたような白い雲が青を引き締める。やや斜めに降り注ぐ日差しは午後の淡い黄金色。ほんわりした熱が、吹きつける冷たい風にかじかんだ手足を温めてくれた。
無論、ほんの数刻もすれば、この太陽の恵みはあっという間に失せ、まだ冬とは変わらぬ冷え込みがやってくる。だが、昼下がりのとろりとした陽光は、確実に春を告げていた。
「あぁ……。いい天気だ」
陽子は大きく伸びをしながら呟くと、仰いだ空からゆっくりと視線を下ろした。
まず見えてくるのは、大きく古ぼけた建物の屋根。飴色をした壁。そこに映える薄紅。
葉に先駆け淡く花咲くは、ここ常世では蓬莱桜と呼ばれる桜花。掲げた枝も広く太く、丈こそ低めながらも大地にしっかり幹を立て、爛漫と咲き乱れる花の色。
「……綺麗」
と、陽子は、満足げに微笑った。
細い枝先に手鞠の如く群咲く様から幹を辿り、堂々と大地に這いうねる根までをゆっくり目で追う。そしてもう一度咲き乱れる花に移そうとした視線が、ふと違うものを捉えて止まった。
「ん?」
桜から僅かに離れた外回廊。その階段を下り、誰かがつかつかと歩み寄ってくる。
その動きと服装がごく一般的な文官のものだったため、陽子は一度興味を薄れさせ、目を離す。だが、僅かな違和感にもう一度視線を戻し、そこで、げ、と小さく呟いた。
その声を彼女の半身が聞けば、またぞろ威厳がどうのと叱責されたことだろう。
思わず逃げ出そうかと検討するも、もう数歩先まで近づいた相手にそれは通用しまいと溜息を吐いた。
「こんなところで会うとは思わなかった」
「畏れながら、それは拙めも同じ心地にございます」
年の頃は四十ばかりの謹厳な面を顰めながら近寄ってきた文官は、小さく返した。そして、もう一歩。囁きが聞こえる距離まで近づくと、僅かに腰を屈めた。
「御身の安全を慮り礼はお取り致しませんが、ご寛恕下さい」
「うん、勿論だ。有難う、柴望」
陽子は、ほっと笑みを零しながら頷いた。
正直なところ、いきなり主上と叫ばれたり膝をつかれたりしたらどうしようか、と案じたのだ。
「大学寮に来るからと、せっかく学生のような格好をしたのに。高位の官に仰々しく礼を取られては、目立って仕方ないからな。さすが、元麦州候の腹心」
思考が柔軟で結構なことだ、と賞賛する。
これが己の半身であれば、周囲も憚らず大騒ぎするだろう。思わず想像しかけて、陽子はうんざりとその情景を脳裏から払った。
そんな陽子に、柴望は、「さて」とうっすら苦笑した。
「残念ながら貴女様では、学生としても些か若過ぎます。幾ら衣を変えても、近づけば容易く露顕すること。この時節でなくば、拙以外も見咎めましたでしょう。あまり酔狂をお起こしなさいますな」
「ああ、分かった。気をつける。……あれ」
やはり説教はされたかと顔を顰めた陽子だが、柴望の言葉に、一部、疑問を感じた。
「この時節でなければ? 何故だ。こんなに見事に桜が咲いているんだ。花見の一つもしたくならないか」
と、陽子が見上げる空には、満開の薄紅。
思わずほわりと目が和む。
その様を見た柴望は、成程、と頷いた。
「何故このような場所へと思いましたが、桜を見にいらしておいででしたか」
「ああ。雲海の上にもあるようだが、ここがもう満開だと、昨日下へ行った鈴から聞いたから。……あ。そういえば、柴望は何故ここへ? 一昨日私と会った時、金波宮での用事は済んだと言っていただろう。もう和州へ戻ったかと思っていた」
「は。学生時代の友人がこちらで教えていると聞き、訪ねてきたところにございます。主上より信を頂戴して和州を預かる身。本来ならば、即、戻らねばならぬところ。冢宰にお断りしたとはいえ、このようなところで時間を無為にし、申し訳なく」
「何を言うんだ。息抜きは大事だぞ。だから浩瀚だって、構わないと言ったんじゃないのか」
「は。……まあ、あの方の場合は……。この機会に大学や学生の状況を見聞し報告するように、と仰っておいででしたな。正規の視察と併せて、今後の官吏登用に生かすと」
「……相変わらず、抜け目ないというか、人使いが荒いというか」
「誠に」
和州候に任ぜられるまでは抜け目ない男の補佐を務めていた男は、ほ、と息を吐いた。
陽子は笑って、「まあ、有り難いことだが」と続けた。
「しかし柴望は、本来、国官だったのか? 大学を出たのなら」
──いや。私は、慶の官吏登用について、まだあまり詳しくないんだ。と、内心情けなく思いながら、陽子は言った。
だが柴望は、特に侮った様子もなく、無理ないことだと頷いた。
こんなところも彼の元主と似ている、と陽子は思う。
「残念ながら、慶は長らく波乱が続きましたから。国官となるに賄賂が幅を利かせ、或いは大学を出た者は傾国に失望して野に下り……。故にご理解が難しくとも、当たり前にございます」
「確かに。志がある者がいても、それを掬い上げる網がぼろぼろでは意味がないな」
「お焦り下さいますな。我等が慶国の主上は、その端緒をお示し下された。新たなる冢宰は朝をまさに整えようとなさっておられる。志ある学生が奮い立って集うも時間の問題にございますよ」
──ただ、そうなれば、この時節の桜を注視する者も出て、貴女様のお忍びは難しくなりましょうが。と笑って言われ、陽子は首を傾げた。
「ふぅん? 先程、この時節でなくばと、柴望は言ったな。志ある学生が増えれば桜を見る者も増える、と? 何だか判じ物のようだ」
どういうことかと問えば、柴望は、はいと頷いた。
「この桜は、些かつまらぬ謂われのある桜にて。官吏として順調に栄達の道を歩むことを願う若者は、敢えて避けるものなのです」
「まあ、大学に入るってことは国官として栄達したい者が多いだろうな。だが、どうして桜を避ける?」
「さて。今となっては誰が言い出したことやら。この桜が早く咲くのは、途中で大学をやめざるを得なくなった──或いは、ここを出ても官吏として大成出来なかった──若者の、心残りの故とか。そのため、若い学生が花の時期に近づくと運気を奪われる、などと申しますな。昨今では、目を向けても危ういと申す者も多いとか」
「とんだ怪談だな。大学を中途でやめる者はそれなりに多いと聞くから、気持ちは分からないでもないが。でも、志ある者が入ってくればということは、そういう者は怪談を気にしないだろう、と?」
陽子が問うと、柴望は、「さて、そういうわけでも」と苦笑した。
「官吏登用の道が清くなるに従い、己の才さえあれば運気など不要と思う若者も、増えましょうから」
言われ、陽子はまだよく分からないながらも、そうかと頷いた。
「しかし、和州候である柴望が桜の下にいるのを見れば、皆、謂われを信じなくなるんじゃないか」
「畏れながら、拙では些かならず薹が立ち過ぎておりますかと」
「ああ、若者限定なんだったか。……だが、若いって幾つくらいなのかも曖昧だな。それならいっそのこと、眉目秀麗な若者とでも条件付けてしまえばいいのに」
更に、ついでのついでで美しい桜の精なぞ配置すれば、芝居の筋の一つも出来そうだった。
いっそ祥瓊あたりに書いてもらって朱旌に売ろうか。などと、一国の国主にしては随分とささやかな小遣い稼ぎを考えた陽子は、「でも、モデルがな」と呟いた。
「は? もで……とは?」
「ああ、いや。何でもない」
と、軽く手を振って誤魔化しながら、陽子はちらりと柴望を眺めた。
為人を表す謹厳実直な顔立ちは好感の持てるものだ。それは陽子も認めている。だが、ドラマティックな恋愛物語を想起させるには、華が足りない。
どちらかといえばその役は……と考えて、陽子はぽんと手を打った。
「いるじゃないか、うってつけのが」
「あの?」
「なあ、柴望。浩瀚も大学を出てるよな、多分。ああ、しかし慶は長く荒れていたから、慶の大学とは限らないのか?」
「はあ」
どうだろうかと腕組みして唸る陽子を暫く眺め、柴望はやれやれと嘆息した。
「──では、貴女様に慶の大学を出た官吏を見分ける方法をお教え致しますれば、このまま可及的速やかに金波宮へお戻り頂けますでしょうか。それをもって浩瀚様に直にお尋ね下さればと思いますが」
「……交換条件か?」
「禁軍の兵士等を呼ばないということで、十分に譲歩しているとお考え頂きたく」
「…………分かった」
じろりと睨んだ翠の瞳の視線を、しれっと受け流して大真面目に答えられ、陽子は苦笑しながら頷いた。
「成程。やはり柴望は浩瀚に近しいだけあって、よく似ているんだな」
「……その評には、何とお返ししたものか。随分と迷うのでございますが」
やんわりとした苦笑を浮かべる柴望の顔を見て、陽子もまた、くすんと微笑う。
そしてふと見上げた空には、やはり薄紅。
珍しい人と珍しい場所で会う。
思い立ってふらりと抜け出しただけの成果はあっただろうかと、そう思いながら。……ついでに芝居の筋立てなど考えながら、陽子は楽しげに桜を眺める。
見上げる先で、はらりはらり。
微笑うように、薄紅の花びらが舞った。

桜装-壱-

背景画像 瑠璃さま
「投稿作品」 「11桜祭」

 

FX