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桜   装

Baelさま

* * *  参  * * *

2011/04/08(Fri) 23:56 No.303

それに対し、浩瀚もまた笑みを浮かべ、
「では主上。ご満足頂いたところで、もう一つ」
「え」
「桜の話を作るに、何故、私が慶の大学を出ているかどうか確認なさる必要があったのでしょう。お答え下さいますね」
「……ええと」
何で油断したところに断定形で聞いてくるんだ、と。陽子は目線を泳がせながら内心で文句をつけた。
だが、このまま守りに入ったとて、浩瀚を凌ぎきれる自信は欠片もない。ならばと、言葉を選ぶ。
「つまりだな。ブームを作るなら、ストーリーにリアリティがいると思ったんだ。祥瓊のストーリーテーラーとしての能力は信頼してるけど、モデルがフィットしてれば、さらに盛り上がるだろう? なら、リアルとフィクションの整合性が大事だな、と」
立て板に水の如くつらつらと並べ立て、陽子は、「どうだ」と、にっこりと笑ってみせた。
何だか無理矢理感は漂うが、嘘は言っていない上に、仙であってもこれなら翻訳されない。……されない筈だった。
だが浩瀚は、しれっとした顔で首を傾げてみせた。
「子細は分かりませんが、私を学生の役柄に見立てた筋を巷間に流布せんとなさった、と。確かに女史の筆ならば、世の女性に受け入れられるに十分というお考えは納得致しますが、その題材がどうして私なのでしょう?」
「……何であっさり理解してるんだ……」
「ですから、主上のお考えに昏くて何の冢宰か、と」
「どう考えても冢宰の任とは関係ないと思うけどな。……ああ、もう。分かった」
陽子はやれやれと嘆息して、全面的に白旗を掲げた。
「悲恋物語のついでに、紆余曲折あったが学生は無事栄達出来ましたと、盛り込んでもらうつもりだったんだ。それで、若くして官吏になり、現在高位で、ついでに見た目も悪くないお前を題材にすればいいかと思って。慶の大学出ていれば、さらに信憑性が増すし」
「紆余曲折は否定致しませんが、若くしてというには、少々無理があると思いますが」
「でも朝議で見回すと目立つくらいに、見た目は若いぞ?」
「……左様でございますか」
陽子が真面目に切り返すと、浩瀚は一瞬言葉を選ぶようにしてから苦笑した。
それに、うんと頷いて、陽子は続けた。
「確かにお前や柴望が言うように、若く才気に溢れた者は道を誤りやすいのかもしれない。でも、一度誤ったからって、やり直せないわけじゃないだろう? 大体、それをいうならお前に紆余曲折辿らせた私はどうなんだ、という話だし。だが間違えたからこそ、私はお前や柴望達をもっとよく理解できたと思ってる。だったら、学生も同じだろう。間違っても構わないと挑む者が、もっと官吏を目指してくれればいいな、と思うんだ」
──まあ、そんな官吏等の長たることになる浩瀚は大変かもしれないけど。と言うと、浩瀚は、そうですねと、さらりと頷いた。
「しかし、学生の頃の私を知る者達が聞けば、それこそ因果が巡っただけのことと断じるでしょうから、構いませんよ」
「……大学生時代の浩瀚って、一体?」
「それはご想像にお任せ致しますが」
「想像の埒外だよ」
と、陽子は溜息を吐いた。
そんな陽子に、浩瀚はふ、と微笑うと、
「困りましたね。それでは女史も、物語られるは難しいやもしれません」
「え? ……構わないのか?」
てっきりやめろと言われるかと思った。と続けると、浩瀚は表情を改めた。
「現在の慶は主上の国です。故に、赤王朝をどのような朝にすべきかお決めになるのは、主上でなければなりません。冢宰たる私の役目は、全霊をもってそれをお助けするにあります。明らかな誤りならば諫言させて頂きますが、そうでないにも関わらず制止するは僭越でしょう。……宜しければ、私からも女史に口添え致しましょうか」
祟りとなる程に肥大した話を鎮めるにも役立つでしょうから、と言われる。
何だかそちらが目的のような気がしつつも、陽子は、頼むと頷いた。
冢宰自ら許したとなれば、祥瓊は元より景麒であっても文句は言えまい。結果オーライかなと内心呟きながら、陽子は先程から放置してしまっていた書状に御璽を捺す。
それを浩瀚に渡しながら、「でも、丁度時節が合って良かったな」と言った。
受け取った浩瀚は、内容を確認してきちんと整えると、はい、と頷く。
「誠に丁度ようございました。これで私も、主上の御身の回りを整える女官等に吊し上げられずに済みます」
「……は?」
「先日来、主上が春のお召し物を一度もあわせて下さらず、時間を設けて頂いても抜け出しておしまいになるのでどうにかしてもらえまいか、と申し出る者が絶えずに難儀しておりました。主上御自ら機会をお与え下さるならば、女官等も喜びましょう」
──これで私も面目が立ちます。と言われ、陽子はちょっと待てと、椅子を蹴るように立ち上がった。
「何でいきなり、私が着飾るとかいう話になってるんだ!」
「おや。何故とは?」
と、浩瀚は、如何にも驚いた風情で首を傾げてみせた。だが、その涼やかな目元に、笑みが湛えられている。
「主上は、学生と桜の精の雑劇をお望みになった筈。ならば、見立てが私だけでは、片手落ちでしょう」
「そんなの、宮中には祥瓊を初めとして美人なんていっぱいいるんだ。わざわざ私が女装する必要なんてないだろう!」
「しかし、この度の題材は、蓬莱桜。異境の人ならぬ女性となれば、蓬莱よりお渡り下された主上以上、誰がその役を果たし得ましょう」
「鈴なら海客だぞ」
「女御は仙ですので、悲恋にならなそうです」
「……王を見立てに使うなんて肖像権の侵害と、訴えてやろうか」
「耳慣れぬ言葉ですが、その肖像権なるものは、この浩瀚や女御には適用されないものですか?」
「…………う」
逃げ道が全く見つからず、陽子はぱたりと卓に伏せた。
まさかこんな罠が仕掛けられていたとは、と。今更言っても遅すぎる。
雑劇の案などやはりやめたと言おうにも、小金が目当てだった時ならいざ知らず、朝の目指すべきところにまで話が及んでいるのだ。言える筈もない。
まさかそこまで読んでいたのではと、陽子は頭だけ起こして浩瀚を睨んだ。
「どうせなら、お前が桜の精をやればいいんだ」
「私では氾王君のように美しく在れませんので、ご遠慮させて頂きます」
「……似合うと思うんだけどな」
恨めしげな陽子の言葉に、くつくつ笑っていた浩瀚は、主上、と柔らかく声をかけた。
「様子を見計らってお助けしますので、少々ご辛抱下さい」
「助け……って、政務を持ってくるだけじゃないのか?」
「おや。主上は衣装を飾られるよりは政務に精励なさる方がお好みだと思っておりましたが?」
「それは比較出来るものなのか……」
「人によっては、そのようですね」
「そうか」
確かに、華美に感けて王としての責務を疎かにした者もいるだろうからと、陽子は頷く。
そして、「仕方ないな」と呟きながら立ち上がった。
「分かった。こうなったら仕様がない。覚悟を決めて女官に付き合う。それで、だ。私が頑張って付き合うんだから、浩瀚、お前も全力で着飾って迎えに来い」
「……華美な学生などおりませんよ」
「かつての学生は栄達して冢宰になったんだろう。せっかくだから、華々しい姿を見せてくれ」
──まあ、お前だって滅多にそんな格好してないけどな。と言えば、浩瀚は苦笑した。
「主上ばかりか私まで飾り立てては、周囲が何事かと騒ぎましょうね」
「滅多にない吉日だとでも言うか? たまにはいいだろう」
しょっちゅうは勘弁だ。と、陽子はしみじみ言いながら堂室を出る。
その背に、「では」と浩瀚が声をかけた。
「桜が美事なので、と」
「……は」
思わず振り向いた陽子の目線の先で、浩瀚は、如何ですかと微笑した。陽子もまた、つられたようにくすりと笑う。
「それはいいな」
「はい」
「……じゃあ、浩瀚。遅くまですまなかったな」
「いいえ。主上こそ、どうぞお疲れの出ませんように」
お休みなさいませと、静かに一礼される。お休みと返した言葉は、夜気に溶けた。
一礼したままの冢宰に背を向け見上げた藍色の空。そのすぐ下には、ほの白く霞む花の群れが列んで見える。
「こんなところにも……」
呟いた声が、背後に届いたかどうかは分からない。
けれど。
「……桜が美事だから、か」
ああ、きっと美事だろう。と、思う。
大学寮だけではなく、金波の桜もきっと。
だから。
「仕方ないから、たまには着せ替え人形の役も務めるとするか」
呟いた言葉が珍しく、そんなに嫌そうに聞こえないのが不思議だ。と、他人事のように思いながら。
陽子はただ、静かに微笑んだ。

お邪魔いたしました。 Baelさま

2011/04/08(Fri) 23:58 No.304

 なお、第2話で陽子が語っているのは津田塾です。
 もっとも高校時代に友人に失敗したとぼやかれたのですが、 時は流れその友人も既に結婚しております。 そのため、ある意味全くの与太話。もしもご存知なく津田梅子女史の銅像を詣でられた方が いらっしゃったならば、そのまま笑ってお忘れ下さい。
 また、馬鹿桜というある意味可哀想なお名前の桜もモデルがいます。 とある天皇の名の公園のお向かいに1本。毎年まだ寒い内から健気に淡いピンクの花を 咲かせてくれる桜なのですが、この間ラジオでその子が馬鹿桜と呼ばれていると知った為、 何故か化学変化でこのようなお話が出来上がりました。
 お祭りの風情には少々そぐわぬお話だったかもしれませんが、 桜にも種類が色々あるというところでお目こぼし下さいませ。
 それから、拙宅にもこちらに寄せさせていただいた話を置いておくにあたり、 お祭りのバナーをお借り致しました。
 規定は読ませていただいた上でではありますが、抜けがあって使用等の方法に問題があれば、 ご指摘下さい。 宜しくお願い致します。

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