申し訳ございません。慶国末声物です。 Baelさま
2011/04/10(Sun) 17:39 No.354
再びお邪魔させて頂きました。Baelと申します。
華やかなところに申し訳ありませんが、本日見た庵の桜に触発されて、
慶国末声物のお話が浮かんでしまいました。
苦手な方はどうぞ避けて下さいますよう、お願い致します。
末声物、オリジナル・キャラクター視点です。
ただし語っているのは十二国記の登場人物一人だけとなります。
登場人物 |
王・娘 |
作品傾向 |
切ない(末声) |
文字数 |
1027文字 |
桜 守
Baelさま
2011/04/10(Sun) 17:40 No.355
* * * 壱 * * *
冷たい風が清水の匂いを運んできた。
どうぞ、と差し出された茶が甘い。
王の王たるを見極めることが能うという仙を求め。
探し探して、探し倦ねて訪れた深山の庵。
応対してくれた黒髪の娘に主を聞けば、彼女はふぅわり微笑した。
──あたしの主?
──さあ。今は何処にいるのかしら。
──蒿里山。それとも虚海の向こう。
──いえいえ、あるいは市井の街角。
──何処にでもいて、何処にもいない。
──そうですね。
──もしも貴方が慶東国の、不羈の民だと名乗るなら。
──あの子はきっと、貴方の側に。
──いいえ、いえ。嘘など一つも申しません。
──慶国の民は誇りをもって真実を語る。
──あたしが主の留守を守るは。
──それこそあたしの誇りですから。
2011/04/10(Sun) 17:41 No.356
* * * 弐 * * *
主を待つに時が過ぎて、山を降りるに期を逃した。
暗い山中をさ迷うは危険と、娘は朝までの逗留を勧めた。
いずれ庵の主を待つならば、と。首肯した自分に、娘は手を打って喜んだ。
──はい。ご飯を召し上がっていかれるお客様は、久しぶり。
──粗末な夕餉とお怒り下さいますな。
──あたしの主は華美が嫌い。
──山海の珍味よりも、道ばたの童が手渡す握り飯を喜ぶ人。
──せめても趣を出したいと、こうして花添え素材を選び。
──あたしも努力をしたものです。
──ええ、勿論。
──桜の季節はこうして桜花を。
──あの子は微笑ってくれました。
2011/04/10(Sun) 17:41 No.357
* * * 参 * * *
──あら、大変。
──夜通し語って、もう明け方。
──ええ、ええ。主の話など、一日二日で尽きる筈なし。
──ひととせ語って、まだ余る。
──はい。そうです。
──あたしに出来るは、ただこれだけ。
──主を語り、庵を守る。
──いつまで?
──さあ、いつまでかしら。
──そうですね。
──もしも、この山。この桜。
──あの子の植えた、この桜花。
──全てが枯れて、朽ち果てたなら。
──ええ。あたしも一緒に朽ちましょう。
2011/04/10(Sun) 17:43 No.358
* * * 肆 * * *
──それまでは。
──あたしはここで、お留守番。
──いついつまでも、お留守番。
──ええ、そうです。
──だって。だって、そうでしょう?
──桜も山も……王だって。
──忘れ去られるのは、何より哀し。
──何より愛しいあたしの王。
──あの子のためなら。辛いことなんて、なぁんにもない。
──はいはい。どうぞお気をつけて。
──あの子の民を。
──慶の国を。
──どうぞ、お護り下さい。新たな王様。
2011/04/10(Sun) 17:43 No.359
* * * 伍 * * *
山を降りて人に聞けば、そこはかつての慶王赤子の墓陵にて、誰かの住まう山に非ず。
ならばと再度訪うも、行けども行けども山ばかり。
……ついに桜花を目にすることは、二度と再び叶わなかった。
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背景画像 瑠璃さま