桜 並 木
夕日さま
2011/04/14(Thu) 22:03 No.460
慶国の白雉が鳴いたのは、その国の王がこよなく愛した花が満開に咲く季節だった。
―景王崩御
塙王の許可を得た楽俊は、騎獣に乗り禁門を出た。
向かう先は東の国。親友が八百年の長きに渡って治めた、慶国。
久々に見た隣の国は、すでに荒れ始めていた。
慶国が傾き始めたと聞いても、楽俊には何もできなかった。
王は、政に無気力になるわけでもなく、また民を虐げたわけでもなかった。
ただ、ゆっくりと軋みながら、倒れていったのだ。
慶の麒麟が失道の病にかかり、世を去った後、景王陽子は最後まで政務を続け、そして斃れた。
堯天へと向かいながら、楽俊は、国の様子に胸を痛めた。
これから、この国はどんどん妖魔に食い荒らされるのだろう。
酷くなる前に、次の慶の麒麟が王を見つけてくれればいいと思う。
(主上は、恩義ある景王のために援助を惜しまないと仰ってくださった)
塙王がそう明言してくれた以上、自分は冢宰として最善を尽くそう、と楽俊は決心していた。
(それが、あいつに、おいらができる唯一のことだから)
そう呟き、ふと下を見た楽俊は、堯天の道なりに桃色の花が広がっていることに気づいた。
(そうか。もうそんな季節だったな)
楽俊は街に下り、それから満開の桜並木に目を細める。
楽俊が巧国の官吏となり年に数回しか会うことができなくなっても、この季節になると慶を訪れた。
そうして二人並んで、この道を歩いたものだった。今、一人で歩いていても、
陽子が隣に立っていて、いつまでも桜の花を見上げているような気がした。
―綺麗ねえ
―本当に
そんなやりとりが、あちこちから聞こえる。
道を行き交う民の顔が思ったより明るいのは、有能な冢宰の下仮朝がたち、秩序だった政が行なわれているからだろうか。
「陽子ぉ」
楽俊は、桜に向かって呼びかける。
「よく頑張ったなぁ。ゆっくりお休み」
親友の笑い声が聞こえた気がしてふと耳を傾けると、ゆるりとした風が花びらを巻き込み、桜の木が並ぶ道を駆け抜けていった。