散り際に
饒筆さま
2011/04/27(Wed) 22:39 No.711
「主上。本日は晴天で、桜花も見頃です。外へ、参りませんか」
愛しいひとの誘いなら、是非も無いわ。
わたしは彼の細い腕をとって、部屋を出た。
お日さまって、こんなにまぶしかったのね。ああ、そよ風は花の香り。
わたしたちは病んでいるから。まわりの景色もゆっくりと過ぎるわね。
まあ、そう。あれがあなたの言った桜ね? 見頃というより、散り際だわ。白い花弁がどんどんこぼれ落ちてゆく。もう手遅れね。
・・・やだ。誰か、いる?
太い幹の向こうから黒衣の男が現れ、叩頭する。
「主上。どうか、あの者の奏上を聞いてください」
ひどいわ、景麒。それが目的だったのね。
いやよ。あんな怖いひと。また叱られるわ。
男が面を上げた。躊躇うことも無く、真っ直ぐに目を合わせてくる。以前のように鋭く睨まれるのかと思ったら、その琥珀の瞳は暗く沈んでいた。
なに? わたしを憐れんでいるの?
一瞬、カッとして。すぐに違うとわかった。
あのひと、自分を責めているんだわ。
心の中で笑みが洩れた。バカなひと。悪いのはわたしよ。一人前の王になれなかったのはわたし。女を狩らせているのはわたし。八つ当りなの。道連れなの。何もかも狂わせて、諸共に闇へ堕ちてやる。
だから、もう遅いのよ。
「今更、そなたの話など聞きとうない!!」
あはは、言ってやったわ。あの男に。
背を向けて、涙を隠す。
本気で叱ってくれたのは、あの男だけだった。笑わずに、遮らずに、最後までわたしの話を聞いてくれたのはあの男だけだった。
どうして、あの真摯な叱責を受け入れられなかったのだろう。
怖がって、遠ざけて・・・わたしが間違っていたわ。きっとわたしが求めなければならなかったのは、この甘い麒麟でなく、手厳しいあの男。
でも、もう遅いのよ。
「主上!」
わたしは振り返らない。
さようなら。あなたは、また新しい誰かを叱ってあげて。
<了>