花びら 花びら
ネムさま
2013/03/31(Sun) 23:23 No.182
飛燕はひとり待っていた。
はらり、ふわりと花びらが舞う。うららかな春の日ざしの野の中で、少し色味が濃くなった桜の木。咲いて開いて、こぼれるように花が散る。その花びらの舞う中で、飛燕は目を閉じ、静かに寝そべる。
黒い頭に、畳んだ翼に、花びらが色を添えていく。始めは、くすぐったかったのか、微かに鼻先がぴくりと動いていたが、今は降り注ぐ春の日と同じように、気持ち良さ気に花をその身に受けている。
ふと耳が傾いた。少し離れた所から、人の話す声がする。幼い声と、低い声。幼い声は何かを言い募り、低い声は少し強く言い返す。二つの声は、うららかな空を飛ぶ鳥の声のように、やがてのどかに遠ざかる。飛燕は小さく鼻を鳴らし、ちょうど上に落ちかけた花びらが、ふいと横に飛んでいった。
さわりと風が通り過ぎた。木から花が更にこぼれる。
飛燕はゆっくり目を開く。体が僅かに引き締まる。毛並みが艶を増したようだ。
じっと見つめる視線の先には、毬のような花の群れ。再び吹く風に、ふるると毬ごと身を震わす。そして、はらり、ふわりと花びらが ― 飛燕の濡れた鼻先で、ふんわり宙に止まった。
二つのちいさな花びらは、ゆらゆら宙に浮いていた。やがて二つ合わさって、ひらひら、ひらひら飛んでいく。飛燕は再び目を閉じた。
「チョウチョ?」
声の方へ飛燕が首を巡らすと、長い鋼色の髪をなびかせた泰麒がいた。
「飛燕、今の見た?」
初めて会った頃と同じように、泰麒は息せき切って、飛燕の元へ走ってきた。
「花びらが蝶々になったね。
常世(こちら)では、虫は花から生まれるの?」
泰麒は素直に感嘆する。飛燕は微笑うように目を細め、泰麒に頭を摺り寄せた。