桜餅の
輪舞曲
〜舞台裏
翠玉さま
2013/05/13(Mon) 02:11 No.447
「二種類の桜餅には、どのような違いがあるのだ?主上は八重桜を見て桜餅のようだと仰っておいでだったのだが」
「倭国の東では長命寺と言う桜餅が、西では道明寺と呼ばれる桜餅が一般的なのです。そして主上のご出身から考えますと長命寺が一般的ではありますが、八重桜で桜餅を思い起こされたのであれば道明寺の可能性が高いかと思われます」
冢宰に問われた膳夫は長髪を後ろで束ねた背の高い男だった。この男は一年ほど前から膳夫として雇い、最近まではこちらの宮廷料理や各地の料理を修行していて蓬莱風に味付けられた彼の料理は主上に好まれていた。そして、それは他の者にも好まれる料理だった。
「ならば、どちらも主上にとっては懐かしいものであるのだな?」
「主上が過ごされた街であれば、どちらも食されていた可能性があります」
「どちらも作れるな?」
「はい、桜の葉の塩漬けは昨年から用意したものがあるので長命寺は一刻でご提供できると思いますが、道明寺の材料も揃っているとはいえ、蒸すに一刻、香り付けに一刻ほど必要です」
「桜の花の塩漬けは茶で饗していたが、葉まで使うのか?」
「昨年、園丁(にわし)が剪定した葉の処分に困っていたので貰い受けました。花は今年のものです。塩漬けにした桜の花や葉には人の心を落ち着かせる効果があるのです」
海客のこの膳夫は料理については非常に博識だった。故に主上は食事と共に彼を伴わせ、その食材の説明を聞くことが最近の習慣となっていた。
「八重桜のような菓子は道明寺が近いのだな?」
「長命寺は向こうで一般的な染井吉野と言われる一重の桜に近く、道明寺は色の濃い八重桜に近いと思っています」
冢宰は口元に手を当てて「二刻か・・・」と呟き、くつりと笑うとその手を降ろした。
「では、双方を賓客の数分用意してもらおう。そして、これから一重の桜の時期には長命寺を、八重桜の時期には道明寺を主上に召し上がって頂けるようにしよう。ああ、ご自身の為だけでは納得されまいから、それを一般の民にも広げねばな。手配はできるか?」
「おまかせを、堯天の茶房に知り合いもおります」
「さすがだな。では頼んだぞ、賢」
冢宰はそう言って気安く片手を上げて膳部を出て行った。
「賢、普通は冢宰自ら膳部を訪れることなんてないんだぞ。あの冢宰やここの太宰は頻繁に来るがな」
古株の膳夫にそう囁かれた彼は優しく笑った。
「ああ、そうだろうな。身の程はわきまえているよ」
賢と呼ばれた膳夫はそう言って、桜餅を作る段取りを仲間に指示した。
−おまけ了−