囲碁の勝敗
翠玉さま
2013/05/28(Tue) 11:39 No.593
延王尚隆は治世三百年が経った頃、延王を称える民の声にうんざりしてしばらく下界に降りてはいなかった。桜を観に久しぶりに下界へ降りてきたのだが、虚海を遠くに見渡せる桜の木の下には碁盤を前にした白く長い髯を持つ老人が座っていた。
「連れがまだ来ぬので退屈をしておっての。一局わしの相手をせぬか。勝ったら望みを一つかなえてやろう」
この言葉に尚隆は老人の前にどかりと座った。
「年寄りから施しを受けるほど何かに困ってはおらん。礼など無くとも相手をしてやるぞ」
そう言うと尚隆は碁石を一掴み取り上げた。
「否否、それではこちらの気が済まぬ。何かあるはずじゃ」
尚も言われて尚隆は口の端を上げた。
「では、この国の寿命を延ばしてもらおうか」
この言葉に老人は相好を崩して長い髯をなでた。
「それはおやすい御用じゃ。では、黒のそなたから石を置くがよい」
この酔狂な老人との勝負は一刻ほどをかけて僅差で勝つた。その間にやってきた連れの老人には「わしにも勝たねばこの国に終わりはないぞ」と無理矢理勝負を迫られたので相手をしてやったのだが、あっさり勝ってしまった。そして、二人の老人は尚隆との勝負に満足してその場を去って行ったのだった。
尚隆は碁の勝負をした桜の木の下にもたれて戦利品の二つの碁石を手のひらの上で放り上げながら弄んでいた。王城での碁の勝負にも飽きてきていたので勝つつもりは毛頭なかったはずなのだが・・・
―――望みは叶えた。この国の行く末を見守るがよかろう。
老人の最後の言葉を思い返し、碁石を手の中に握りしめた。
「あの爺共はまさか生を司る南斗と死を司る北斗ではあるまいな・・・」
その時、一陣の風が吹いて桜の花びらを舞い上げ、海に向かって行った。それを見送って尚隆はくつくつと笑うと立ち上がった。そうして、手のひらにある二つの碁石を睨めつけると今度は眼前の樹海へ桜の花びらが向かって行った方角に向かって力強く放り投げた。
−了−