桜下のふたり −Ver. 景陽 −
海さま
2014/04/09(Wed) 22:00 No.300
早くも満開を迎えた桜に急かされて、急遽、二人きりで慎ましやかな花見の席を設けたものの空は真白い花曇り、挙句に冷たい風まで吹いてきた。
「風まで冷たい」
誰にとはなくつぶやきながら、淡く光るつぼみを集めたような菓子を頬張る。
「皆もちょっとくらい付き合ってくれてもいいのに」
付き添う半身に花を楽しむ様子はなく、彼だけが気まぐれな主の思いつきから逃れ得なかったのだろうと陽子は結論付けた。その立場ゆえ。急に口の中で桜葉のあと味だけが主張し始める。
陽子の低い呟きを聞きとがめた景麒が、冷ややかな視線を向けた。
「冷えてまいりました。戻りましょう」
「……景麒は先に帰っていいよ。わたしはもう少し見てる」
不服気な口元を隠そうともせず、陽子はこよなく愛する花の天蓋を見上げる。その拗ねた横顔を眺め、景麒も片眉を顰める。
花びら交じりの旋風が、黙りこむ二人の間を駆け抜けて――
温かいものでも飲もうかと伸ばした手が、ちょうど水筒の上で重なった。
『……』
ひととき視線も重なる。折伏される妖魔さながら瞳を逸らせぬまま麒麟は王の手の甲から自身の掌を引き取ると、もう一方の手の内に押し込めた。
「それはご命令ですか?」
置き去りにされた手があとを追うように少し持ち上げられたとき、少し前の主の言葉に対し、唐突に麒麟が訊ねた。
苛立ちを隠せない声が応じる。
「おまえにはわたしの言葉すべてが命令なのか」
陽子には、握りしめた掌の中にある指先がひどく冷たく感じられた。風が冷たすぎるのだ。
陽子の詰問に景麒は息を止め、ようやく瞳を閉じる。風が乱すに任せた髪が白い頬を打つ。
「……いいえ」
言ってはならない。
――命じて下さればよいのにと思うこともございますから、とは。
再び水筒に手を伸ばし、茶をふたつの器に注ぎながら、景麒は選んだ言葉を発する。
「ひとりになりたいと仰ったのかと」
深い紫の瞳は器の中の水色を確かめているかに見える。
「……どちらかといえば」
陽子も間違えないよう言葉を選ぶ。
「……愛想なしの麒麟がいてくれる方が良い」
差し出された茶器にはやわらかく湯気が立っていた。
終