花の訪ないを心待ちに
五緒さま
2015/03/26(Thu) 03:21 No.45
――花がほころぼうかとしている頃の桜もいいとは思わないか。
そう主上が仰ったのは、いつの春だっただろうか。
堤防の大規模改修が行われている現場へ、お忍びで視察にお越しになられた主上が、開花間近の桜を見ながら私に話しかけてこられた。
突然の声掛けに驚き、はぁ、としか答えられず、なんと不敬なことをしてしまったんだ、と泡を食ってしまったが、そんな私の態度も気にした風もなく、主上は言葉を続けられた。
――すべての枝についているつぼみが一斉に開いた状態というのは、まるで明かりが灯ったように見えて、華やいだ気分になるのだけどね。
――何年か前に見た桜で、開花寸前も趣があっていいな、と思うようになったんだ。
そこまで話された主上は、何かを思い出したのか、ふふ、と小さく笑みをこぼされた。
――冬の間はつぼみも枝と同じ色で、まるで擬態しているみたいだけど、啓蟄を過ぎてしばらく経つと、枝が赤茶色に染まるんだよ。
――私は冬の色と盛りの色しか知らなかったから、開花前にはこんな色をまとうんだ、ってとても驚いたんだ。
――そして、この色も当たり前のことだけれど、花が開くまでの僅かな期間しか見れないのだと気づいたら、とても愛おしいものに思えてね。
――それからだよ。この時期もなんとか時間をやりくりしたり、何かしら理由をつけてここに来るようになったのは。
そこまで話された主上は桜のほうへと歩み寄り、優しく幹に手を添え、頭上に広がる枝に幼子の成長を見るかのように眩しげに眺められた。
主上。桜が劇的に変化する時期がまた廻ってまいりました。
ここしばらくお姿を拝見することはかないませんでしたが、今年はお会いできることを願っております。