王様の教訓
雁州国故事〜
燈篭
童子〜
ネムさま
2015/04/07(Tue) 23:13 No.177
「ひどいよ!せっかく作ったのに、こんなに こわしちゃって」
「だから詫びは帰りにすると言っている」
「そんなの待ってたら、花が散っちゃうよ」
「〜 大体何でこんな所にランタンがあるんだ」
「何でこんな所を、スウグが通るんだい」
童子とスウグに乗った男が言い争っています。
二人の足元では、仄かに紅を含んだ白い花波が揺らいでいました。
雁と慶の国境にある高岫山、その峠道近くの斜面に、桜の林がありました。
春になるといっせいに美しい薄紅の花を咲かせ、その様子は、峠を通る旅人が急ぐ足を止め、山のふもとから見上げる里人は仕事の手を止め、一時見とれるほどでした。
いつの時代か、どこかの数奇者が夜桜を楽しもうと、桜の枝にランタンを吊るしました。まるいランタンの灯に浮かぶ桜の花は、まるで花自身がランタンになったように見えました。
その時、山に棲む童子も、空から桜灯を見てました。童子はみかん色に点るランタンがとても気に入り、次の春からは、自分で作って桜に吊るしてみました。
童子の作ったランタンの灯は、闇の中に桜の花の色をやさしく浮かび上がらせ、まだ肌寒い高岫山の夜をあたたかく彩りました。人間も、そして山に棲むもの達も、その景色を見て大層よろこび、やがて童子は「燈篭(ランタン)童子」と呼ばれるようになりました。そして春が来るたび、童子はより美しい灯が点るよう、ランタン作りに励みました。
さて、ある春の夜遅く。ランタン童子がいつものように桜の上を飛び渡りながら、ランタンを吊るしていると、突然、空の上から真っ逆さまに、黒い大きな影が花々に突っ込み、えぐるようにして起き上がりました。
桜の花びらが巻き上がり、そして何と、童子が一つ一つ大事に吊るしたランタンも、花と一緒に飛び散ってしまったのです!
童子は自分の何倍もある黒い影の前に、立ち塞がりました。黒い影は前足を振り上げ、ようやく止まりました。
「大丈夫か」
そう言って黒い影・スウグの広い背中から顔を出したのは、雁の王様だったのです。
雁の王様は、同じ胎果であられる慶の赤い女王様と、想い想われる仲でした。けれども王様同志、なかなかお会いになることが敵いません。
そこで、お二人の故郷である蓬莱で特に愛でられていると言う、桜の花が咲くころだけは、二人きりで過ごそうと、固くお約束されたそうです。
ところが、雁の王様は関弓のお城を抜け出して、街や、時には遠いよその国を見に行ってしまわれることがありました。そしてお城に戻られてから、溜まったお仕事を片付けられ、それが桜の咲くころまで終わらない時があったのです。
この年もようやく仕事を終えられたころには、雁の桜の花がすでに咲き始めていました。雁より暖かい慶では、もう満開かもしれません。
雁の王様は真夜中であるにも関わらず、自分のスウグに乗って、愛しい女王様の待つ東の国へと急ぎ飛びました。けれども、あまりに遅くなったので、手土産の一つもないと女王様が怒るかもしれないと、雁の王様は考えました(何しろ慶の女王様はまじめな方で、とっくに仕事を終えてお待ちしているか、待ち飽きて次のお仕事を始めているかもしれないのです)。
そこで高岫山の峠にある桜を思い出し、雲海の下へ降りたところ、急ぎ過ぎて桜の林に突っ込みかけ、そして童子のランタンを蹴散らしてしまったのです。
「おじさんは大人なんだから、こわしたものは、ちゃんと直して行ってよ」
「直せと言っても、お前は“山の者”なんだろう。お前たちが作った物を直すのに、やれ魂を渡せとか、直し終わって気が付いたら百年経っていた、などということになっていたら、敵わんぞ」
「ぼくのランタンは桜の“気”で作ってあるんだ。人の魂なんか混ぜたら汚れちゃうよ。それに花の季節は短いんだから、百年も待ってられない、一晩で直さなきゃ」
「その一晩も今は惜しい…いや、そもそも桜の“気”なんて、どうやって操るんだ」
「見たところ、おじさんは“仙”なんでしょ。だったら呪を教えてあげるから、とにかく手伝って」
そこで雁の王様ははっとしました。
「そうだ、(忘れていたが)俺はこの雁の国の王だ。妖かしとは言え、雁に住む者が、天帝から国を任せられた王に逆らうのか」
童子は一瞬言葉に詰まりました。童子たち“山の者”は、時に人へ悪戯することもありますが、天帝の忠実な僕なのです。だから天帝の選ばれた国を統べる王にも、会うことがあれば、敬意を表します。でも、童子は思いました。
― 王様が人のものをこわしたままで、いいんだろうか? −
童子は思い切り、胸をはって言いました。
「ぼくは“ケンリョク”なんかに負けない!」
堂々とした、立派な態度です。雁の王様はしばらく黙ったままでしたが、やがて小さく
「どうして俺の周りには、こんな餓鬼しかいないんだ」
とつぶやき、ため息とともにうなづかれました。
* * * * * * * * * *
「それから王様はどうなったの?」
小さな顔が二つ、布団の中から目を輝かせて見上げています。
「童子に教わった呪で、何とか一晩でランタンを全部直せたの。でも、ようやく金波宮に着いた王様はすっかり疲れていて、せっかく慶の女王様と一緒にお花見していたのに、途中で眠り込まれて、女王様に怒られてしまったんですって」
お母さんが言い終わる前に、子供達は足をバタバタさせて笑いました。お母さんも笑いましたが、すっかり喜んでいる子供たちに、ちょっと声を改めて諭します。
「だから、お仕事や勉強は、毎日きちんとやらなくてはダメなのよ。途中で放っておくと、大事な時、こんな風にひどい目にあいますよ」
「「はーい」」
子供たちは布団の中から、まじめに返事をしました。お母さんはやさしくうなづき、布団をかけ直してあげると、“おやすみなさい”と言って、灯りを消しました。
「またランタン童子かい」
起居にいたお父さんが振り返ります。お母さんは笑って答えます。
「私も春になると、お母さんにこのお話をねだったの。
うちでは最後に、女王様に怒られた王様を気の毒に思ったランタン童子が、それから春になると、慶までの道をランタンで照らしてくれるようになった、っていう話になってたわ。どうやらお母さんが私向けに付け加えてくれたみたい」
「うちは爺さんが話してくれたけど、様子を見に来た台輔がランタン童子と友達になって冒険旅行に出かけちまうんだ。全然、訓話になってなかったなぁ」
お父さんとお母さんはクスクス笑って、それから一緒に窓際に行き、そっと板戸を開けてみました。
春の闇夜には、花の香りがあたたかく満ちています。そして遠く山の方には、今年もまた、小さな灯が点々と瞬いているのでした。