「投稿作品集」 「17桜祭」

奉納します ネムさま

2017/03/23(Thu) 23:28 No.24
 昨年、地域の伝統芸能を見る機会がありました。 竜頭または獅子頭が太鼓を叩きながら、 たくさんの花で飾られた花笠を被った女性達の周囲を踊る、奉納舞がいくつか紹介され、 花笠は吉野の桜を示し、竜もしくは獅子が花を巡り戯れる様を現わしているとのことでした。
 花笠から垂れる布で顔を隠した女性達が、 両手に持った切れ目を入れた竹の棒=簓(ささら)を擦り合わせて奏でる不思議な音を聞きながら、 しみじみと“あぁ、これはネタになる”と考えておりました(笑)。
 という訳で、私もお祭に奉納させて頂きます (下手だからと、神罰が降りませんように ^^;)

過ぎてゆくもの

ネムさま
2017/03/23(Thu) 23:31 No.25
 シャッ シャッ トントン
 シャッ シャッ トントン

 彼方から あれがやってくる。

 シャッ シャッ トントン
 シャッ シャッ トントン

 微かな音が、いつの間にか 形になる。
 居合わせた黄朱の民は、寝床からそっと顔を出す。

 闇から現れた行列は、人の膝ほどの高さを、ゆっくりと進みゆく。
薄桃色の紗を垂らした花笠からは、時折薄い花弁がこぼれ落ちる。紗から覗く手に握られた簓(ささら)は密やかな擦音を奏でる。
 トン、と外れた太鼓の音と共に、獅子頭が剽げたように顔を出す。トン、ともう一匹。
 前に括られた太鼓を打ちながら、自由に花笠の行列の合間を舞い踊る。遠い昔語り、五山のいずれかに咲いた満開の花々を見て、小獅子の精達が喜び、戯れたという話そのままに。
 そして… いつか昔語りのまま、花笠は深山の花々、獅子頭は小獅子の精となり、黄海の虚空に舞い乱れた。

 気付くと、来た時とは反対の彼方に音がする。黄朱の民は闇に微かな音が消えるのを見届けると、黙したまま、再び寝床にもぐり込む。
*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



「それで?それから何が起きるの?」
「何も」
 身を乗り出し尋ねる珠晶に、頑丘はやや不思議そうに返す。
「だって、行列が宙に浮いていたんでしょ。人から花や獅子に変わったなんて不思議なこと ― 良いことか、それとも悪いことが起きる前触れなんじゃない?」
「そういう話は聞いたことがないな」
「それじゃあ一体、何なのよ」
 珠晶のじれた口調と、頑丘のしかめ面を、星彩に凭れた利広が笑い含みに眺めている。
 黄海の旅は順調に進んでいる(但し、剛氏基準)。そのせいか、食事を終えるとすぐに休む頑丘が、今夜はぽつりぽつりと黄海で語られる話を口にした。
「そういう不思議な話は、亡くなったお祖母様もして下さったわ。子供が一人で川辺に行くと、水妖に引っ張られるとか、五彩の雲を見ると良いことがあるとか。
 本当かどうかは知らないけれど、普通はこんな事をしてはいけないという戒めとか、逆に良い事をしなさいって諭すためのお話なんじゃない」
 珠晶が更に言い募るのに、頑丘はますます顔をしかめる。
「確かに、そういう言い伝えもあるが… この話は、ただこういう事があったという以外に、何もない」
「そんなの…何の役にも立たないじゃない!」
 そして、ついに噴出した利広を、珠晶は睨みつけた。
「すまない。でも珠晶、役に立つって、何のためなんだい?」
 思わぬ利広の問いに、珠晶は驚いた。
「それは…黄海で生きるための知恵とか。そんな不思議な行列を見たら、この先は注意した方がいいとか、分かった方がいいでしょう」
「そうだね。でもそれは“人”の為であって、黄海で存在するものは、人の為にいるわけじゃあない」
 呆気にとられている珠晶の横で、今度は頑丘が笑い出した。
「全くだ。黄海(ここ)は妖魔の地。ここで起きたことを、人間があれこれ解釈するのは構わないが、人間にとって無意味だからと、文句を言われる筋合いはない」
 言葉に詰まった珠晶の耳に、呟きのような言葉が聞こえた。
「そもそも人の世自体、何の意味があるのか…」
 顔を上げると、利広は星彩に凭れたまま、虚空を仰いでいる。その顔は影になり、どんな表情なのかは見えない。
 大人二人から笑われたことに腹を立てたのか、珠晶は褞袍を跳ね上げ、頭から被って寝てしまった。
*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



「子供だったのよね」
 十二歳の少女の姿の王が呟く。背後に控える供麒は、黙って主の言葉を待つ。
 二人の立つ露台に、春の霞んだ月が、淡い光と影を落としている。眼下には、やはり月に照らされ白く浮かぶ、一面の山桜。
春先の行事に追われ、ようやく取れた短い休みを、供主従はこの深山の離宮で過ごしていた。首都連檣では既に盛りを過ぎた春の花々が、ここではようやく追い付いている。
「無責任な大人の目を覚ませてやろうって、すごく意気込んで黄海までやって来たのに、何の意味も無い幻が存在するなんて、許せなかった… ううん、まるで自分のやっていることが、本当に意味のあることなのかって、問われたみたいで…怖かったのね」
 いまだ冷やかさを秘めた風が、微かに吹く。わずかに揺らめく淡い白闇が、何故か遠い黄海を思い出させる。あの日聞いた昔語りのように、人も花も、虚空に溶け込むような静寂。姿も言い様も少女のまま、それでも既に多くの時を過ごした王は、それらを黙って見つめている。
「でも…私には王気が見えました」
 珠晶は後ろを振り向いた。そこには、供麒がいつものように、少し困ったような表情で立っている。
 暫しの沈黙の後、盛大な溜息が小さな口から吐き出された。
「まったく麒麟っていうのは、役に立たない同情ばかりでー」
 大きな沓音を立て、珠晶は自分の僕に近づくと、額をその胸にそっと当てた。
「でも…本当に思ったことしか、言わないのよね」
 再び降りる静寂の中、大きな手が、労わるように小さな肩を包み込む。
 珠晶の閉じた瞳の先に、虚空を歩む、美しい行列が過ぎていく。

 シャッ シャッ トントン
 シャッ シャッ トントン …
感想ログ

背景画像「篝火幻燈」さま
「投稿作品集」 「17桜祭」