「投稿作品集」 「17桜祭」

改めまして 篝さま

2017/04/07(Fri) 22:54 No.171
 桜祭の開催、ありがとうございます。今年もまた開催されたことを本当に嬉しく思います。
 お祭り開始当初からコメントだけはちゃっかり残していくくせに、 なかなかネタが固まらず、ネタをこねこね捏ねくり回してようやくなんとか形になりましたので、 投稿させて頂きます〜。

還る想い

篝さま
2017/04/07(Fri) 22:56 No.172
―不思議な縁だと、そう思う。


 生涯きっと交わることのなかったであろう点と線。それが奇しくも、得難い、かけがえのないもので繋がった。
 どうか願わくば、紡ぎ続けられることを祈る。



 いつからだろうか、彼の国の御仁から文が届くようになったのは。
 確かに、あの時は咄嗟のこともあり、便宜上知人として私邸に招いた。それはあちらも重々承知の上で、言葉遊びのような節もあり、その場しのぎだけのものかと思われた。少なくとも己はそう思っていた。

 だがしかし、それ以来、私個人に宛てて、時折思い出したかのように文が届くようになったのだ。

 届くようになった当初は、彼の方に繋がるものとして、触れることも躊躇われた。視界に入れることすら憚られた。
 だが、文を無視するのも無礼になると、当たり障りのない内容を返したことが、この文通のようなものの始まりだったと記憶している。

 相手も、当たり障りのない内容を書いて寄越し、あの方について触れることはついぞなかったし、こちらからも敢えてあの方について触れることはしなかった。いや、出来なかったと言った方が正しいのかもしれない。

 芳の民のために、あの方のことで心砕くことは止めたと己に宣言したにもかかわらず、あっさりその誓いを破ろうとする己が許せなかった。

 だから触れない、触れられない。

 そのような感情で心中苛まれていたのもだから、文を寄越す相手に対して段々と、これは何の嫌がらせかと思うくらいには疲弊していた。
 私があの方を忘れるのは許さないとでも言わんばかりに送ってくるのかと思ってしまう己が卑しく感じられた。

 もうこれ以上、文のやり取りは出来ないと突っぱねることも可能であったのに、不思議とそれをしようとは思えなかった。
 今思えば、無意識のうちに、あの方と繋がりを求めていたのだと、そう思う。


 いつまで、このやり取りが続くのかと半ば嫌気がさしてきた頃からだろうか、多少の変化が見られ始めた。
 文の内容自体はさしたる変化もなく、あの実直で誠実そうな、でも機転のきく、あの御仁らしいものであったが、文そのもの自体の様相に変化が見られた。
 使われる料紙がその季節季節を反映したようなものに、使われる墨が濃淡の調整されたようなものに、いつぞやはその料紙から仄かに芳香が漂ってくる等、とにもかくにも変わったのだ。
 これまでは料紙一つとっても、実用性一辺倒で、そのような様式美を尊ぶような真似はしていなかったのに、一体どうしたことか。

 そう思い始めた矢先か、内容はこれまでと同様のものなのに、手跡さえも別人のもので届けられることがあった。しかも明らかに女性の手跡によるもので。
 一国の軍を預かる立場にある身だ、忙しさに追われ代筆を頼み、他者に文を委ねることもあるだろう。
 しかし、あの御仁はそういう事をしないと、どれほど忙しくとも己の手で書くだろうと、勝手に思い込んでいたのだ。
 己の勝手な思い込みを叱咤し、そろそろ書く内容も尽きてきたと独り言ちながら、返信の内容を考えていた時に、唐突に悟る。

 ああ、自分は、あの手跡を、あの女性の手跡を、見たことがあるではないか。

「…お、おお……」
 ――祥瓊、さま。

 かつて彼女が芳の宮中にて過ごしていた時は、特に政に関わっていたわけでなく、然程頻繁にはその文字を目にしていなかったから、気がつくのが遅れた。
 最後にその手跡を見たのは、そう、彼の御仁が景王からの親書と共に届けてくれた一通の文が最後であった。

 しかし、もう忘れない。忘れられやしない。

 彼女が、彼の御仁とどのような関係にあって、代筆を頼まれたのかは分からないし、あくまでも仕事の一環としてのことかもしれない。あの折の会話から、二人は随分と気安い関係のようであったが真相を知る由もなく、でも、それでも、この繋がりに感謝した。

 それ以来、あんなに億劫に思っていた彼の御仁からの文を密かに心待ちにしている己がいる。
 またあの方の気配を感じることが出来るのではないかと、例え、彼女個人からの便りではなくとも、また彼女がその料紙や墨を一つ一つ吟味しながら選ぶのではないかと、また代筆をするのではないかと。

 そして、その期待は外れなかった。

 彼女からの個人的な言葉は一切無い。あくまでも代筆のみ。
 それでも、それ以降の文には必ず文の至るところに彼女の気配を感じることができた。
 いつまでも過去のよすがに縋る己を浅ましく思うと同時に、まだ手放せないと、はっきりとそう思う。
 まだ、過去のこととして流すには、時間が足りない。まだまだ足りない。
 未だ過去に囚われる己を許してほしいと、目の前にいない芳の民に向かって希う。


 そんな折のことだ。文に一枝の花が添えられて届けられた。
 慶から芳へと、何日も、それこそ何日もの日数をかけて届けられる文。それに添えられる枝葉から水分が失われるのも仕方がないことであったが、不思議とその枝についていた花から華やかさは損なわれてはいないように感じられた。

 芳では見たことのないその花を「桜」というのだと、文にはそうあった。
 何でも、景王の故郷では国花として敬われ、愛されているという。それをどうやら慶でも咲かせることに成功したらしいとの内容であった。それを私にも見てもらいたいと添えてくれただとか。
 そして、その花が咲くことに「喜ばしい出来事が成就した」「願いが叶う」という意味をかけることがあるのだとしたためられていた。それは言外に、芳に新王が立ちますようにとの願いが込められている気がしたのは、ただの思い込みだろうか。
 その枝が添えられていた真意は分からない。もしかしたら深い意味は無いのかもしれない。それでも、深読みをしたくなる己をどうか誰か哂ってほしい。
 そもそも、この文に枝を添えることを考えたのは誰なのか。この文の本来の送り主である彼の御仁なのか、それとも文の所々に気配を感じるあの方の発案なのか。
 いや、そんな事はどうでもいい。
 己のことを考えて、文を書いて送って、更にはそこに添えられた枝花に込められた思い。それだけで十分ではないか。


 ふと思う。
 添えられたこの一振りの枝からは、この花の全容も、どのような枝ぶりなのかも、何もかもが分からない。

 しかし、瞳をとじて不思議と脳裏に思い描くのは、この薄紅色の満開の花の下で、穏やかに零れるような笑みを浮かべるあの方の顔。

 最後にお会いした時の顔つき、言動からは考えられないかもしれないが、それでも不思議と思い起こされるのは、花のような笑みなのだ。
 心穏やかに健やかに、これからの生を歩んでいってほしいという、己の勝手な願望なのかもしれないが。
 そんな彼女の傍らに寄り添ってくれる存在があると信じてしまう己がいる。


 そしてようやく、月渓は己が思考の海に沈んでいたことに気がつく。
 随分と長い時間、文を読み耽っていたようだ。気づけば光の射す角度が変わっていたことから、本当に本当に長いこと考え込んでいたのだろう。読み始めた時には明るかった空が、宵闇の気配を醸し始めていた。
 読み耽るといっても、同じ個所を繰り返し繰り返し反芻するように読み返したり、また最初から読み始めたりで。手習いを始めたばかりの幼子のような行動に我ながら苦笑する。

 手にしていた文を卓に置いて、その枝を改めて持ち上げてまじまじと見つめる。
 慶でもこの桜という花を咲かせるのに幾年と時間がかかったという。ただでさえ気候の芳しくない、ましてや国土の落ち着かないこの芳では無理だろうか。
 それでもいつか芳にもこの花を咲かせてみたい。途方もない労力と時間がかかることは間違いないし、この花を咲かせることに明確な意味はない。自己満足だと人は笑うだろう。
 それでも、それでも。
 
 とりとめのないことを考え散らして、頭を振り、深く腰掛けていた椅子から立ち上がる。数歩も歩かないうちに部屋の一角に近づき、一つの箱を持ち上げ再度卓へと戻る。
 その箱には今まで送られてきた文を収納していた。この文通を始めた当初は、隙間ばかりが目立ったが、そこそこの大きさを誇るその文箱に、今ではぎっしりと所狭しと詰め込まれている。
 そろそろ二つめの文箱を用意してもいいだろうかと独り言ちながら、今しがた手にしていた文と枝を文箱にしまい込もうとして、止めた。
 せっかくの花を愛でずにしまい込んでしまうのも気が引け、文箱にしまうのは文だけにし、その枝はというと、所在なさげにそっと横たえる。
 きっと花瓶を用意させたところで、ここまで枝が渇いてしまっては、もう水も吸い上げないだろう。
 そこまで考えて、だったらいっそ、別の手段で少しでも長く楽しもうと思考を切り替える。一人で考え込んでも埒が明かないし、小庸あたりにでもいろいろ訊いてみようなどと考えるあたり、この手のことには疎いなと一人笑いを禁じ得ない。
 
 今日は随分ととりとめのない事ばかり考えているなと、いい加減片づけようと思うも、最後にと、桜の枝を持って外の風に当たりに行く。
 もうすっかり日が暮れ、静かに瞬く星屑を散りばめたような、あの方を彷彿とさせるようなその藍色のような群青色のような空に向かって掲げるように桜を持ち上げて見る。
 光もほとんど無く、視界もあやふやで色や輪郭も定かでない。
 それでも、天に向かって祈りを捧げるように掲げ持ち、ひたりと額を枝につけてひそりと願う。


 どうか、あの方に、あの方を良い方へと変えてくださった彼の国の方々に、幸多からんことを。
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背景画像「篝火幻燈」さま
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