昔 日
ネムさま
2017/05/05(Fri) 23:27 No.417
霧が流れ出した。
やはり気付いたのか、周囲に微かな緊張が走る。
流れが速くなる。
途切れ途切れにか細い幹が姿を見せ、更にその先の岩壁までが見え隠れする。
耳をそばだてる。
風音の向こうに、羽音のような何かが聞こえる。それに混じる、低い息遣い。
手元の槍を握り直しながら、ふと思う。
上からならば、ここと、あの岩壁の間に横たわる深い谷に、霧が川か龍のように流れる光景を眺められるのか、と。
見てみたいものだと、この状況で考えている自分が何やらおかしい。
剣の柄をひとつ鳴らす。小さな響きが次々と返る。
そして、霧の白幕が横に引かれた。
僅か数歩先の崖下では、まだ霧の川が凄まじい速さで流れていた。背後の麾下達と共に身構えた、まさにその刹那、流れが突如頭をもたげ、白い虎と化し、空へ跳び上がった。
跳躍した白虎は再び降りながら、谷の上空を泳いでいた巨大な蛇に襲い掛かる。長い奇声が谷に谺し、二つに割れた長い胴体は谷底へ吸い込まれていった。
反転した白虎=スウグとその乗り手は、その姿を追うこともなく、更に上空で様子を伺っていた妖鳥達が一斉に襲ってくる姿に、恐れもなく立ち向かう。 その最中にも、霧の川に潜んでいた空行師が次々と姿を現し、スウグと共に空を飛び交う妖魔達を切り落としていった。
残り少なくなった妖魔達を他の空行師に任せ、こちらへ降りて来ようとするスウグの乗り手と目が合った瞬間、手元の槍を思い切り投げた。
乗り手は僅かに身を捩じらせ、背後の妖鳥が槍に貫かれ落ちる様を横目で見ると、にやりと笑った。
「相変わらず好い腕だな、阿選」
「相変わらず、派手な現れ方だな、驍宗」
思わず阿選が言い返すと、スウグの乗り手=驍宗が思い切り顔を顰める。それを見て阿選は思い出し、声を立てて笑った。
自身がこれ程鮮やかなのに、この永年の友人は、賑々しいことが大嫌いだったのだ。