「投稿作品集」 「18桜祭」

今回はちょっと濃ゆいです…… 饒筆さま

2018/04/09(Mon) 19:54 No.295
 先日の第一弾「その花を散らすのは貴方」(尚陽未満)は「両? 片思いあるある」を 書きましたが、今回は浩陽を引っ提げ、「職場恋愛中のバカップルあるある?」を 形にしてみました。
 なので、かなりカップリング色が強いです。苦手な御方は回避してください。

その花を散らしたのは貴方

饒筆さま
2018/04/09(Mon) 19:57 No.296
 突然の嵐が、心待ちにしていた桜花の宴を吹き飛ばした。
 ごうごうと吠え、荒ぶ風。ひっきりなしに玻璃窓を叩き、悄然と項垂れる万物を洗い流す大粒の雨。優しい色に溢れていた春の庭が暗鬱なモノクロに支配され、天の乱心に蹂躙される様を痛ましく見守って――陽子は深く嘆息した。
「これはもう駄目だな……」
 麗らかな青空はまた戻るだろうが、散った桜は二度と元に戻らない。
 せめて午後のひとときをお気に入りの園院を眺めて過ごそうとわざわざ花殿まで出向いて来たのに、為す術もなく絶望を味わう羽目になるとは。
――ああ、残念……(がっくり)
 肩と首を同時に落せば、勢い良く下を向いた鼻先が小さな茶杯に突っ込みそうになる。そのまましばらく動かない陽子へ、こぢんまりした円卓の向かいから穏やかな声がかかった。
「そのご無念お察し申し上げます――主上、どうかご尊顔をあげてくださいませ」
 声の主は浩瀚――政務においては股肱の臣であり、女王(with未だ初心者マーク)にとってはあらゆる科目の老師(先生)である頼もしい年長者だ。そして、付き合い浅からぬ陽子は知っている。浩瀚がやたら優しい時は必ずその腹に一物あるのだ、と。
 案の定、浩瀚は優しげな慰めの言葉を添えつつも、桜花が梳き込まれた料紙の束をそつなく差し出すものだから――陽子は正面に座す彼を薄眼で睨み据えた。
「肝心の花見ができないのに、どうして桜の詩だけ品評しなくちゃならないんだ?」
 ところが敵もさるもの。武人すら震える景女王の勘気を、その右腕は淡い笑みを浮かべたまま、柳に風と受け流す。
「主上、どうかご寛恕くださいませ。今年は桜詩会への参加資格を不問にいたしました故、それはそれは盛況でございまして……応募数もさることながら、大いに競い合う中でなかなかの名作が出揃いました。奮って詩を献上した者にとって、主上が御目を通してくださることこそが最高の栄誉でございましょう?せめてこちらに厳選いたしました十傑だけでも、ご感想と評価を賜りたく」
 にっこり。完璧な弧を描く口元と、笑みの形は成しているのに笑っていない双眸が、「抵抗は無駄だ」と宣告してくる。
 ぐぐっ。陽子は苦い息を呑み込んだ。
「……わかった……」(ぶっすぅ)
 どうせ外は嵐。楽しい花見は来年までおあずけ。ぽっかり空いた時間を無為に過ごせるほど暇でもなく、この茶杯を飲み干したらまた執務に戻らなければならないのだから、詩とお菓子を味わいながらしばらくまったり過ごすのがこの状況下では最善の選択かもしれない。
 だが、それではこの苛立った気が済まない。
 陽子は円卓に肘を付き、再度浩瀚を睨み据えた。そしてその小憎らしい笑顔に一矢報いる。
「じゃあ浩瀚、おまえが読み聞かせてくれ」
 二人きりだからこそ切り出せる、子供じみた交換条件だ。浩瀚は相好を崩す。
「承知いたしました」
 では、と長い指がおもむろに一編を取り上げ、きりりと締まった唇から深みのある声が流れ出すのを見届けてから、陽子は静かにその翠瞳を伏せた。
「ロマンティックだけれど、目新しさが無いなあ……うーん、ありきたり?」(ふぅ)
「あ。それは暗喩だな?私への『おべっか』に聞こえるぞ……好きじゃない」(ふんっ)
「教本に載っているお手本みたいだ。上手だけど面白みがない。楽しい花見の雰囲気は伝わってこない」(ばっさり)
 虫の居所が悪すぎて、辛口の批評ばかりが陽子の口を突いて出る。
 そんな中、浩瀚はふと、口も手も止めて陽子を見つめた。
「主上――もしや、内容や情景だけで作品を判じておられませんか?詩でございますから、韻や語呂合わせ、音やその律動、形式等に注目なさるとまた違う美点が見つかるやもしれません」
「……あ!」
 何気ない指摘に、陽子の眼から鱗が落ちた。バッと音をたてて身を起こす。
「そうか、しまった!私の耳は言葉が勝手に翻訳されて聞こえるんだった……!本来の発声を聞けないのなら、読み聞かせてもらっても韻や律動なんか絶対にわからないぞ」
 これには浩瀚も眉を顰めた。
「……左様でございましたね」(我ながら迂闊)
 陽子は急いで傍らに重ねられた料紙をめくる。
「結局、面倒でも一字一字追っていくしかないな……すまない浩瀚、やり直しだ。一文字ずつ切るように、『音』を聞かせてくれ」
「畏まりました」
 そこからは二人顔を突き合わせて慎重に読みすすめた。流暢に読み流してしまうと、陽子には意味しか伝わらない。だから耳を澄まし、唇の動きを確認しながら一文字ずつ発音を確認し合わねばならない。
 時間はかかったが――お蔭で、意外な作品が印象に残った。
「いい詩だね、これ。最初に聞いた時は奇をてらった表現が鼻についたが、この詩はその意味より繰り返される韻が大事なんだな。続けて読めばメロディみたいだ。ちょっとした音楽だね」
「ええ。私も非常に斬新な佳作だと思います」
 そう微笑んで、浩瀚は再びその詩を朗読し始めたが、
「ああ待った!やっぱり普通に読むと文章のように聞こえてしまう。不格好だけど、一音ずつ切って読んでくれ」
 陽子は一旦彼を止め、その口元に目を留めてから再開させた。浩瀚は陽子の注文に応え、全体の流れを損なわないように上手に音を刻みながら詠みあげる。
――うん、良い。気に入った。この明るいメロディを口ずさみながら、桜咲く春の野を歩きたくなる。
 いい詩だ。そう。その詩の件は良いのだが。
「…………」
 滑らかに動く浩瀚の唇をずっと見つめていると、なんだか別の……妙な感情がじわじわと湧いてくる感じがする。
 なぜか落ち着かない。やけに身じろぎしたくなる。まずい。身体の芯に小さな火が点りそう。
 陽子は堪えきれず、つい視線を窓へ逃がす。浩瀚が右の口角をクッと上げた。
「主上」
 声音が変わった。
「何だ?」
「今――あらぬことをお考えではございませんか?」
 ギクッ!陽子は反射的に肩を竦めてしまい、慌てて横を向いた。
「な、ないない!あらぬことって何だよ?!何にも考えてないっ!」(カーッ)
 今ほど平静を装いたい時はないのに、どうして頭に血が上ってしまうのだろう。
 一方の浩瀚は喉を鳴らして笑う。
「左様でございますか。私はてっきり――が疼いておられるのかと」(くつくつ)
「ば、ばかっ!!」
 陽子は耳まで真っ赤になった。
「それはおまえがっ!!あ……あんなことするからだろう?!」(このド助平が!!)
「おや。たいそうお悦びだったではございませんか」(しれっ)
「大っぴらに明かすな!!!真昼間だぞ!!」(恥ずかしすぎるぅぅ)
「人払いはとうに済んでおります。それにここまで暗ければ、昼も夜もそう変わりますまい」
 確かに、空を覆い尽す暗雲はどんどん重く低くたれこめて、外は宵闇と紛うばかり。風も雨もますます猛り狂い、雷鳴まで迫り始めた。
 荒れる表と開き直る男の勢いに圧され、陽子は尻すぼみ的に引き下がる。
「ま、まあ確かに……そう、かな……?」(←そこで納得しちゃダメです主上!)
 カッ!稲光を受け、窓一面がまばゆく光る。
 陽子は咄嗟にきつく目を瞑った。それから一瞬の烈光に灼けた瞼をゆっくり開けば、いつの間にか浩瀚は陽子のすぐ後ろに立っていた。彼は恭しく身を屈め、椅子の背に置いた手をつい、と滑らせる。
「さて――主上、執務の再開まであと一刻余裕がございます」
 陽子の耳元に寄った唇から、甘い声が吹き込まれる。
「……だから何だって言うんだ?」
 強がってはねつけても、背から抱き込む温もりに、首筋にかかる熱い吐息に、胸が高鳴ってしまうのだから我ながら手に負えない。
 陽子の震える紅唇へ、やさしい口づけが落ちる。潤む視界に映る浩瀚は、心の底から愛おしげに微笑んでいる。
「いけませんね。どうやら火が点いたご様子――まさか、このまま執務に戻るおつもりで?」
 そんな顔をしていながら、既に搦手を攻めているのはどこのどいつだ?!
「……この痴れ者め!」
 こんな奴に、生まれて初めてを許すんじゃなかった!(ぷんすこ)
 憎まれ口を叩きつつ、浩瀚に細腕を伸ばしている自分がいる。惚れた方が負けなのだ。最初から勝負になっていない。
 そうして陽子はまた、呆気なく白旗を揚げてしまうのだった。

<了>

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背景画像「素材屋 flower&clover」さま
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