Lamentation
篝さま
2018/04/29(Sun) 00:21 No.479
じゃりじゃりと地を踏み締める音。樹々の合間を飛び交う鳥たちの声、葉擦れの音。
いろいろな音を拾いながら目の前の人物の後を黙々と懸命に追う。
前にもこんな所に来ただろうか、それとも初めてだろうか。記憶に定かでない。
そんなことをつらつらと考え、そして止めた。
今はただただ歩くことに必死であった。常日頃からの家の手伝いで体力には自信があったが、平地と山道とでは随分と勝手が違った。
ただただ足を前へと動かしているだけなのに、疲労がどんどんどんどん蓄積されていく。歩幅は小刻みでさほど大きくもないのに、その一歩が重い。足に鉛の重石を付けているかのような感覚さえ覚える。
気が付けば苦しさからか俯きながら歩いてしまっていた。前を向いて歩かないと却って苦しい思いをするだけだと体勢を直そうとしたその時、薄紅色が視界を掠めた。
よくよく見れば、それは桜の花びらであった。
一体、どこから舞ってきたのか。これまでの道中、桜の樹など見かけなかったし、軽く見渡してみても辺りには緑が広がるばかり。そして、それは進行方向に向かって、白茶けた山道にぽつりぽつりとまるで道標かのように続いていた。
もう春の盛りも随分と過ぎた時分に少々異様な光景であった。家の近くでは青々とした樹々に囲まれているのに、どうしてどうして。ここが山だからだろうか、これだけ歩いているにもかかわらず確かに少しだけ肌寒い。
とりとめもない事をつらつらと考えていたが、再度歩くことに集中する。だがしかし、それも長続きしなかった。
とにかく身体中が悲鳴を上げていた。耳はそのうち、はあはあという己の息切れの声までをも拾う。
口の中は渇き、錆びた鉄の味がじわりと広がる。呼吸を整えねばと思えば思う程それは敵わず何とも疎ましかった。
唾液を絞り出すかのように喉の奥を震わせ唾を飲み込み、口元を舐め軽く湿らす。
いつもならば、数刻と置かずに背後を振り返り、常に状態を気に掛け、自分を気遣い様子を窺ってくれる頼もしい目の前の存在が今日は酷く遠く感じた。
ひたすらに、ただひたすらに前を見て歩みを進めているのだ。時折どこか遠くを見るような眼差しを浮かべつつ。
怖い。
そう感じた己を叱咤しながら、黙って後に続く。
きっとそのうち訳を話してくれるだろうと、他の兄弟の誰でもない、己だけを連れてこんな山奥まで来たのだ。きっと何か話してくれるだろうと、期待と僅かばかりの不安を抱えながら黙々と歩み続けるのであった。