「投稿作品集」 「18桜祭」

大変遅くなりました(汗) 篝さま

2018/04/29(Sun) 00:17 No.478
 改めまして、桜祭の開催おめでとうございます、そしてありがとうございます。 この長く続くお祭りに今年も参加させて頂けることに感謝いたします。

 自分でも何を書きたいのか全く分からない迷走しまくりの代物になりましたが、 少しでも賑やかしになれば幸いです…。

Lamentation

篝さま
2018/04/29(Sun) 00:21 No.479
 じゃりじゃりと地を踏み締める音。樹々の合間を飛び交う鳥たちの声、葉擦れの音。
 いろいろな音を拾いながら目の前の人物の後を黙々と懸命に追う。

 前にもこんな所に来ただろうか、それとも初めてだろうか。記憶に定かでない。
 そんなことをつらつらと考え、そして止めた。
 今はただただ歩くことに必死であった。常日頃からの家の手伝いで体力には自信があったが、平地と山道とでは随分と勝手が違った。
 ただただ足を前へと動かしているだけなのに、疲労がどんどんどんどん蓄積されていく。歩幅は小刻みでさほど大きくもないのに、その一歩が重い。足に鉛の重石を付けているかのような感覚さえ覚える。
 気が付けば苦しさからか俯きながら歩いてしまっていた。前を向いて歩かないと却って苦しい思いをするだけだと体勢を直そうとしたその時、薄紅色が視界を掠めた。

 よくよく見れば、それは桜の花びらであった。

 一体、どこから舞ってきたのか。これまでの道中、桜の樹など見かけなかったし、軽く見渡してみても辺りには緑が広がるばかり。そして、それは進行方向に向かって、白茶けた山道にぽつりぽつりとまるで道標かのように続いていた。
 もう春の盛りも随分と過ぎた時分に少々異様な光景であった。家の近くでは青々とした樹々に囲まれているのに、どうしてどうして。ここが山だからだろうか、これだけ歩いているにもかかわらず確かに少しだけ肌寒い。

 とりとめもない事をつらつらと考えていたが、再度歩くことに集中する。だがしかし、それも長続きしなかった。
 とにかく身体中が悲鳴を上げていた。耳はそのうち、はあはあという己の息切れの声までをも拾う。
 口の中は渇き、錆びた鉄の味がじわりと広がる。呼吸を整えねばと思えば思う程それは敵わず何とも疎ましかった。
 唾液を絞り出すかのように喉の奥を震わせ唾を飲み込み、口元を舐め軽く湿らす。
 いつもならば、数刻と置かずに背後を振り返り、常に状態を気に掛け、自分を気遣い様子を窺ってくれる頼もしい目の前の存在が今日は酷く遠く感じた。
 ひたすらに、ただひたすらに前を見て歩みを進めているのだ。時折どこか遠くを見るような眼差しを浮かべつつ。
 
 怖い。
 
 そう感じた己を叱咤しながら、黙って後に続く。
 きっとそのうち訳を話してくれるだろうと、他の兄弟の誰でもない、己だけを連れてこんな山奥まで来たのだ。きっと何か話してくれるだろうと、期待と僅かばかりの不安を抱えながら黙々と歩み続けるのであった。

 どれくらい歩いただろうか、喉の渇きが限界を訴え始めた頃、ようやく樹々に覆われた視界が開け、そこには僅かばかりの空き地がぽかりと広がっている。

 そしてそこにある一本の桜の樹。

 ぞくりとした。その空間だけが切り取られたかのような錯覚に陥ったのは気のせいか。
 そこでようやく目の前の存在は足を止めた。疲労困憊ですっかり疲れ切っていたのでそのことに安堵しつつ、そろそろこの道行きの理由を知りたいと恐る恐る話しかける。
「…おとう?」
 朝も早くに家を出立してからずっと声を出していなかったからか、少々上ずったような声になってしまった。しかし、それすらも気づかず生返事をする相手に、怒りよりも段々と不安さえ覚え出した。
 いつもならこんな事はないのに、いつもだったら子どものことをよく見てくれる人なのに。
 一体、何がこの人の心を惑わせているのか。逸る気持ちを堪えて、次の言葉を待つ。
「あ、ああ…なな。すまないなあ、こんなとこまで。本当にありがとよ」
「ううん、大丈夫。それで?ここは?」
 矢継ぎ早の己の問いかけに対して返ってきたものは、

「…お前の、兄さんが。…六太が、眠っているところだ」

「え」
 言葉を、失った。
 初めて聞く名。思いもしなかった状況。
 なかなか頭が追いつかない。しかし、これだけは言えた。
 
 弔いなのだと。
 
 この二人だけの旅路は顔も知らない兄の為に手向けられたものなのだと。
「いんや、眠っているとかそんなんじゃねえ…俺は、俺たちは……」
 そこまでは言うものの父親の次の言葉が続かない。予想もしなかった言葉に咄嗟に顔を伏せてしまったが、思い切って「では何なのだ」と問い掛けようとして顔を上げたが、次の瞬間口を噤んだ。
 髪の毛を掻きむしり、今にも舌を噛み切りそうな苦痛に満ちた険しい顔。
 決して訊いてはならない事だと幼心に悟った。そして、それの意味するところを漠然と考えた。
 
 嗚呼、これは弔い。そして贖罪なのだと。
 
 何を言ってもいけない気がして、沈黙するしかなかったが、暫くしてぽつりと父親が口を開いた。
「…戦が終わってなあ、落ち着いた頃にお前が生まれて。乳飲み子のお前を抱えてよ、俺は一回だけここに来たことがあるんだ」
「え」
 赤子の時の記憶など無いに等しい。それにもかかわらず先程感じた既視感はそのせいなのか。
 いや、きっとこの非日常的な空間でそう思い込んでいるだけだと己に言い聞かせる。
 答えに困り、口を開いては閉ざしてを繰り返すうちに、父親は誰ともなく聞かせるような独り言に近い口調で訥々と語り始めた。
「…正直、ここがあの時の場所かどうかは確かじゃないし、覚えちゃいない。それでも来ねばなんねえと、また次に来る時の為にと、帰る時に樹にも岩肌にも傷を付けながら歩いたんだぁ」
 正直、樹木や岩肌に人為的に付けた傷跡などたかが知れている。
 何か特別な武具等で付けたものであれば話は別かもしれないが、その辺りのどこにでもあるような小物で付けたものなど、目印だと思っていた傷跡が別物ということもざらであった。月日が経っていれば経っている程その傾向は顕著であった。
 そのような事は、幼い自分でも知っていることだ。
 それが己よりもずっと年を重ねている父親ならば至極当然の事として知識として得ているだろう。
 それでも、その紛い物の傷跡に縋らねばならない程、強迫観念にも近い気持ちに囚われているのだろう。

 遠くを見つめながらそう呟く父の胸中は如何ほどか。
 
「…んで、」
「ん?」
「なんで、今、ここに連れてきたの……?」
 すぐには答えは返ってこないだろうと、しかしそれでも問わずにはいられなかった。しかし予想に反して、父は一呼吸置いてからすぐに口を開いた。
「知っておいて、ほしかったんだ」
「え」
「お前も、いつか誰かと一緒になるだろうよ。だから、居なくなる前に知っておいてほしかったんだ…お前にはもう一人兄さんがいたことをよ。おっかあは絶対に言わないだろうしなあ……」
「そ、か」
 知らなかった事を知った時、得も言われぬ幸福感と快感を得られるのに、今はそれがちっともない。全然嬉しくない。知らなければ良かったとさえ思ってしまう。
 そう思う反面、知って良かったと、己は知らなければならなかったのだと、相反する感情が己の中でない交ぜになる。
 上手く言葉に出来ない気持ちを誤魔化すかのように、脈絡のない言葉が不意に口をついて出た。
「…この桜の樹、どうしちゃったんだろうね。時期外れの花が咲いてるよ」
 てっきり賛同するような返事が来るかと思いきや、向けられたのは怪訝そうな表情であった。
「なな、お前どうした?桜の花なんかどっこにも咲いてないぞ?」
「だって…!」
これ、と指しながら、ばっと身体を樹の方へと向けるも、そこには萌える若葉のような色合いをたたえる樹が立っているだけであった。
「え、え」
「…朝からずっと歩き通しだったもんなあ。疲れたんだろ」
 違う、そんなんじゃない。確かにそこには桜の花が咲いてたし、道中にだって桜の花びらを見かけた。
 余程そうまくしたてたかったが、こうも明らかな事実を目の当たりにしてしまっては、自分自身が己のことを信じられなかった。
 どれもこれもが幻かもしれない。あの道中の花びらも。今、ここに居ることさえも。
 そううすら寒いものを感じながら、ぶるりと身を震わすも、それでもこれだけは幻にしてはいけないと、ひそりとその響きを噛み締める。──「六太」と。

「そう、かもしれないや。ちょっと疲れたなあ」
「そうさな。さ、お前も手を合わせてやってくれ」
 そう言いながら、おもむろに樹に向かって屈み込む父親の横に己も腰を落とす。

 あの時、とは何があったのか。
 詳しい事はもまだ知らない。何も知らない。
 
 でもまたいつか教えてくれる。
 それを信じて、そっと手を合わせて黙祷した。
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