葉 桜
縷紅さま
2018/05/06(Sun) 13:05 No.528
伸びたばかりの柔らかな梢が風に揺れる。
葉擦れの音がさやさやと囁きかける。
枝の先端にある若い葉の赤さは、翡翠色の瞳の眦を彩る紅のよう。
花びらをすっかり落とした桜の木は、盛りの頃の華やぎがまるで夢であったかのようにひっそりと静まり返った園林に佇んでいた。
その下には一人の翁。
真っ白い髪で髷を結い、口元には白い髭が蓄えられている。
彼は痩せて皺の目立つ指で枝先の葉をそっとなぞった。
いたずらな風が指の先から紅を盗みとると、彼は遥かな時の彼方を見つめるように眼を細めた。
お前のものには、なってあげない――
そう言って、笑った女(ひと)がいた。
その髪も柔肌も、全てを与えてなお笑う。
夢に現に匂い立つのは桜花。