これも連鎖かな ネムさま
2018/05/15(Tue) 00:52 No.600
晃子さんが北九州の植物園で撮られた202「御座の間匂」の名前がとても気になって
調べてみましたが、結局名前の由来は分かりませんでした。
でも「駿河台匂」とか名前に「匂」の付く桜は、花から香りがするそうです
(そう言えば染井吉野の花は香っていただろうか?)。
そんな風にいろいろ考えていたら、ワンシーン浮かんだので投稿します。
- 登場人物 景麒・女仙(オリキャラ)
- 作品傾向 回想風
- 文字数 1423文字
題名は名前のまんまです
御座の間匂
ネムさま
2018/05/15(Tue) 00:56 No.603
「景台輔。御座の間の桜が咲きましたけれど、ご覧になられますか」
声を掛けられ、景麒は回廊の半ばで立ち止まった。振り向くと一人の女仙が立っていた。そして景麒は、ここ蓬山に着いた最初の日、自分がふと丹桂宮の御座の間の桜について問うたことを思い出した。
女仙に先導され、堂に一歩踏み入れると、清かな香に包まれた。堂の奥には大きな円窓が開け放たれており、そこからは灰青色の岩壁とその下を迸るように流れゆく渓流、そしてその手前、大きく張り出した枝に白い小さな花々が煙るように咲いている様が見えている。
「ここ数日で一気に花開きました。まるで景台輔のお帰りになる日を知っていたかのよう」
昨夏からの泰麒探索に始まる一連の出来事がひとまず落ち着き、景麒が景王の名代として蓬山へ御礼に伺えたのは、下界にも桃の花が咲き始めた頃だった。常春の蓬山では然程季節の変化は見えないが、それでも不思議と春には春の花が咲く。
「今の景王は、この時期の風景をご存じではありませんでしたわね」
「…主上が天勅を授かりに参られたのは、夏の頃だったからな」
そこで景麒は、この女仙が予王即位の際に世話をしてくれた者だと、ようやく思い出した。
舒覚が、やはり天勅を授かるため景麒と蓬山を訪れたのが、この時期だった。
景麒との契約以降、常に緊張した面持ちをしていた舒覚だが、王が座すーこの御座の間へ通された時、何かに気付いたように顔を上げ、円窓の先に満開の桜の花を見つけた時、自らも花のように顔をほころばせた。
「桜がこのように薫るものとは、知りませんでした」
透きとおるような明るい声に、件の女仙が答えたのだった。
「梅の花ほどではございませぬが、この種類の桜はよく薫るようで“匂ふ”と呼ばれることもございます」
舒覚は頷き
「甘やかでもなく濃く深いものでもないけれど…まるで春先の風のような清々しさが好もしい」
そう言い、景麒に初めて屈託のない笑顔を向けた。思いもよらぬ主の笑みに、景麒がしどろもどろになる様を見て、舒覚は軽く瞠目し、そして小さく微笑んだ。
風が堂内の香を散らし、また香を運ぶ。佇んだままの景麒に、女仙がまた尋ねた。
「今の景王は、大層活発なお方のようですわね」
「ああ。我が身を顧みられないところがおありでご心配でもあるがー必ずや良い王になられるであろう」
今までにない景麒の確信に満ちた言葉に、女仙は瞠目し、それから安心したような吐息を漏らすと、その場を辞去した。
二人の主を持つことになった麒麟を案じていてくれたのだと思い至り、景麒は心の奥で女仙に感謝した。
― 本当に今の主上は、きっと素晴らしい王になられる ―
そう思えることが誇らしく、うれしかった。しかし強く放たれる光の下には、必ず濃い影が生じる。今の王が輝けば輝くほど、前王である舒覚の暴虐さ、無能さも際立つだろう。
― 事実、貴女は民にひどいことを為された ―
国中の女を追放するなど愚かな命令を出し、その命で命を落とした者達も多々いる。その罪は人々の口から語り継がれ、史書に文字となって将来(さき)へ伝えられることだろう。
― 貴女がどれほど美しく微笑んだか、どれほど優しく子供達へ語り掛けられたか。そうしたことは、この桜の香のように一瞬薫立っても、後は残りもせず、忘れ去られてしまうのだ ―」
そして覚えているのは己だけであると、景麒は寂寥感の中で思う。そのことが、この香りのように密やかな満たされた想いとして、心の奥底にたゆたうのを感じながら。
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