「投稿作品集」 「18桜祭」

駆け込み失礼します 篝さま

2018/05/19(Sat) 23:58 No.632

手のひらいっぱいの想い

篝さま
2018/05/19(Sat) 23:59 No.634
 鈴と祥瓊は時折、尭天の街へと下りる。それはちょっとした息抜きと用足しとを兼ねてのことであった。

「…ふう」
 祥瓊が溜息を軽くつけば、それに同意するように鈴も口を開く。
「結構歩いたわね。お茶でもしましょうか?」
「いいわね。どこかで一休みしましょう。ちょうど喉も渇いていたの」
 荷物を抱え直しながらも祥瓊の目は早速店を探し始める。 
「甘いものも頂きたいわねぇ」
「勿論!」
「ふふっ、さすが祥瓊」
「さあて、鈴も一緒に探してちょうだいな」
「はいはい」
 あそこでもないここでもないと、二人して店を吟味しているうちに広途から少し外れた通りに出てしまった。
「…なんだか見当違いな場所に出てしまったわ」
「とりあえず戻りましょうか。──あら」
 元来た道を戻ろうと鈴が視線をさ迷わせたところ、何かを見つけたのか小さく声を上げる。
「どうかしたの?…まあ」
 声を上げた鈴に祥瓊が声を掛け、そちらへと近づいていくと、鈴が見つけたものに祥瓊も気がついたようであった。

 そこにあるのは、空に溶けこみそうな程淡い色合いを湛えた、白銀にも見まがう薄紅色の花をつけた桜の樹。

「綺麗に咲いているわね。桜、でいいのよね?これ」
「そうよ。桜」
 何か眩しいものを見るかのように目を細めて桜の樹を見つめる鈴に祥瓊は掛ける言葉を失う。そこで会話が途切れるかと思われたが鈴はすぐに言葉を続けた。
「…立派な樹だわ。きちんと丁寧に手入れされている証拠ね」
「そうね。こんな人通りの少ない所に植えられているのに、こういった事に力を割けるようになったということは、それだけ国も落ち着いてきたということでしょうね」
 お互い顔を見合わせ一瞬沈黙がおりるも次の瞬間には二人して笑い出していた。
「陽子が『慶に桜を植えてみようと思う』って言い出した時にはどうなることかと思ったわ」
「そうねえ。食用ならまだしも鑑賞用だもの。あの時は他の官吏を説得するのが大変だったわね。主に浩翰さまが」
「ふふ、本当よね」
 くすくすと思い出し笑いをしながら二人で思い出話に花を咲かせていたが、ふと祥瓊が怪訝そうな声を出す。
「ねえ鈴。あの子達どうしたのかしら」
 そう言いながら祥瓊が指差す方向には等間隔で植えられた桜の樹の根元に二人の少女がいた。
「落とし物でもしたのかしら」
「じきに日が暮れてしまうし、手伝った方がいいわよね」
 そう頷き合いながら二人は足早に少女達の元へと駆け寄るのであった。
「こんにちは」
「どうしたのかしら?」
 なるべく怖がらせないようにと、二人とも柔らかい口調を心がけて声を掛けるも、やはり急に知らない人間から声を掛けられたことに警戒したようであった。
「怖がらせてしまったら、ごめんなさい」
「何か困ったことがあるようなら、お手伝い出来ることがあるかしらと思って声を掛けたの」
 また反応が無いかと思われたその時、幼い少女の方が口を開いた。
「あのねえ、おかあさんにね、おはな、あげたいの」
「ちょっと!」
「だって、おねえちゃん。このひとたち、とってもやさしそうよ?」
「それでも駄目でしょ!もう!だから早く帰ろうって言ったのに!馬鹿!」
「お花?」
「でも地面にはこれといった花は咲いていないようだけれど…」
 少女達から少し距離をとりつつ鈴がしゃがみ込みながらそう言えば、妹の方が再度口を開く。
「さくらのね、きれいなのだけあつめてね、おかあさんにあげるの。よろこんでくれるかなあ」
「成る程」
「そういうことね」
 鈴と祥瓊が妹の言葉に耳を傾け頷けば、姉と思しき少女が再度金切り声を上げる。
「だから!もー!」
 それはきっと、この人懐こい少女を心配してのこと。姉であろう少女を安心させてあげる為にも見知らぬ顔は早々に立ち去った方が良いかと思われたが、この小さな幼い妹の願いを叶えてあげたいという思いの方が二人の中で勝った。
 祥瓊もしゃがみ込み、少女達と目線を合わせて名乗る。
「私は祥瓊。こっちの黒髪のお姉さんは鈴というの。よろしくね」 
「しょうけい?すず?」
 目線をさ迷わせて、二人の顔を交互に見つめる姉妹に、二人は軽く頷く。
「あのね、あたしはね、」
 素直な子どもなのだろう。己の名を教えてくれようとしたが、隣で若干じと目で睨んでいる姉の為にも、その先は聞かないことにした。
「いいのいいの。私達のことさえ知ってもらえば」
「そうそう。それでね、」と祥瓊が本題に入る。
「よかったら私達にも、桜の花びらを集めるのをお手伝いさせてもらえないかしら」
 努めて笑顔でそう提案した祥瓊に姉が間髪入れず反対する。
「お姉さん達には関係無いわ。私達だけで出来るもの。放っておいてちょうだい」
 姉の先程までの態度から見てその反応は容易に想像出来ていた。
 しかし、この時分に、ましてやこの人気の少ない通りに少女二人を置いて行ける程この国は安全だとは言い切れなかった。
「二人より四人の方が早く集められると思うんだけどなあ」
 鈴がそうぼやくように言えば祥瓊はぴしりと指摘する。
「それに、妹さんの方は足が疲れてきているのではなくって?だったら尚更早く終わらせた方がいいと思うのだけれど」
 祥瓊は当てずっぽうに言っただけであったが、どうやら中らずと雖も遠からずのようであった。
「…足、痛いの?」
「おねえちゃ…ごめんなさぁい……」
「ううん。私こそ気づいてあげられなくてごめんね」
「うぇえええん……」
 そう言いながら姉は地べたに座り込んで妹を優しくぎゅっと抱きしめるのであった。
 どれくらいそうしていたのか、妹が落ち着いたのを見計らって鈴と祥瓊は恐る恐る声を掛ける。
「…どう?」
「少しは足の痛みは引いたかしら」
「だいじょうぶなのよ。あたしだって、もうおっきいのよ」
「ふふ。そっかあ」
「もう大丈夫かもしれないけれど、もう少し鞜は脱いでいた方がいいと思うわ」
「あい」
 神妙にそう頷く妹を微笑ましい思いで見つめていれば、傍らにいた姉が急に立ち上がる。何事かと思い見上げていれば、ばっと二人に向かって頭を下げてきたのであった。
「先程までの失礼な態度、本当にごめんなさい!」
「あら」
「いいのよ、気にしなくて。と言うより、お姉さんとしては立派な態度だったと思うわよ」
「妹さんのことを守らなきゃっていう思いが伝わってきたもの」
 鈴と祥瓊が口々にそう言えば少女は顔を上げきゅっと口を結んで絞り出すように声を出す。
「ありがとう、ございます…」
「どういたしまして。さてと、集めちゃいましょうか」
 鈴が穏やかな笑みを浮かべて再度提案すれば、今度は拒絶の態度は見られなかった。
「そうね。どれくらい集めたらいいのかしら?」
 祥瓊がそう問い掛ければ、妹の方がもぞもぞと小さな巾着袋を取り出した。
「あのねえ、これにいっぱい、いれたいの」
「分かったわ。それじゃあ私と祥瓊は別の所で集めてくるわ」
「そうね。幸いにも桜の樹は他にも沢山あるし」
「それじゃ私も…」
 鈴と祥瓊が立ち上がって場所を移動しようとしたのを見て、姉も同じ行動に出ようとしたがそれを遮る。
「ううん。妹さんの近くに居てあげて」
「…でも」
「まだここにも綺麗な花びらはありそうよ?」
「あと、私達の荷物の番をしておいてもらえると、ものすごーく嬉しいのだけれど」
 鈴が己と祥瓊の荷物を示しながらそう言えば、心得たと言わんばかりに、今度はあっさりと承諾してくれるのであった。
 各自別行動をし始めてそう時間も経たない頃、鈴と祥瓊はそれぞれの手巾に溢れる程、桜の花びらを携えて少女達の元へと戻ってきた。
「いっぱい集まったわねえ」
「人通りが少ないおかげもあってか綺麗な状態のままのものが結構あったわ」
「はい、いっぱい集まりました!」
「それにしても」
「これは…」
「集めすぎちゃったかしらね…?」
 集めた花びらを一か所にまとめながら少女達が覗き込めば、そこだけ桜の絨毯を切り取ったかと見間違う程であった。
「ま、まあ、いいわ。足りないよりはよっぽどいいもの。さ、中に入れてごらんなさいな」
 祥瓊がそう促せば、妹はその小さな手でそっとそっと優しくすくうように花びらを詰め込んでいく。何回も何回も同じ行為を繰り返し、ぎりぎりまで詰め込んで、最後の仕上げに袋の口を縛り終え、ようやくほっと一息ついたのであった。
「良かったわねえ。これでいいかしら?」
 鈴がそう言えば少女は目を輝かせて大きく頷く。
「うん!」
 そう微笑ましいやり取りの一方で祥瓊と姉は地べたを見つめながら囁く。
「…随分と余ってしまいました」
「本当ね。せっかく集めたけれど、もう一度樹の根元にでも返すしかないわね」
 祥瓊がそう呟けば背後からくいくいと裾が引っ張られる気配が。
「あのね、もういっこね、あるの」
 もじもじとしながらそう言う妹の手には先程の物と同じくらいの大きさの巾着袋が一つ。
「もー!何で先に言わないの!お姉さん達のおかげでいっぱいあるからいいけど、もしかしたら足りなかったかもしれないんだよ!」
「ふぇ…」
「まあまあ、とにかく詰めちゃいましょ」
「それに、もしかしたら、そろそろお母さんが心配しているかもしれないわよ」
「そ、そうですね…。それじゃ、早くやるよ?いーい?」
「…う」
 お説教は後回しだと今度は姉も手伝って手早く詰めていく。そのおかげもあってか今度はすぐに作業は終わった。
「はい、できた」
「ありがとう!」
 袋の口を軽く結んで、鈴が妹に手渡せば、にこにこと何ともご満悦な様子であった。そしてそれをおもむろに姉の方へと差し出す。
「え!?」
「あら」
「ふふっ」
「あのねえ、おねえちゃんにもあげるのー」
「もう、馬鹿…ありがと」
「ばかじゃないよう」
 姉の言い様に異論を唱える妹であったが、そこには確かな絆と温かなものがあった。
 二人の少女を無事家まで送り届けた鈴と祥瓊の懐には先程の桜の花びらの恩恵が。
 そして、翌日、彼女たちの主が政務を執る間の至る所に桜の花びらが散りばめられるのであった。
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背景画像「素材屋 flower&clover」さま
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