手のひらいっぱいの想い
篝さま
2018/05/19(Sat) 23:59 No.634
鈴と祥瓊は時折、尭天の街へと下りる。それはちょっとした息抜きと用足しとを兼ねてのことであった。
「…ふう」
祥瓊が溜息を軽くつけば、それに同意するように鈴も口を開く。
「結構歩いたわね。お茶でもしましょうか?」
「いいわね。どこかで一休みしましょう。ちょうど喉も渇いていたの」
荷物を抱え直しながらも祥瓊の目は早速店を探し始める。
「甘いものも頂きたいわねぇ」
「勿論!」
「ふふっ、さすが祥瓊」
「さあて、鈴も一緒に探してちょうだいな」
「はいはい」
あそこでもないここでもないと、二人して店を吟味しているうちに広途から少し外れた通りに出てしまった。
「…なんだか見当違いな場所に出てしまったわ」
「とりあえず戻りましょうか。──あら」
元来た道を戻ろうと鈴が視線をさ迷わせたところ、何かを見つけたのか小さく声を上げる。
「どうかしたの?…まあ」
声を上げた鈴に祥瓊が声を掛け、そちらへと近づいていくと、鈴が見つけたものに祥瓊も気がついたようであった。
そこにあるのは、空に溶けこみそうな程淡い色合いを湛えた、白銀にも見まがう薄紅色の花をつけた桜の樹。
「綺麗に咲いているわね。桜、でいいのよね?これ」
「そうよ。桜」
何か眩しいものを見るかのように目を細めて桜の樹を見つめる鈴に祥瓊は掛ける言葉を失う。そこで会話が途切れるかと思われたが鈴はすぐに言葉を続けた。
「…立派な樹だわ。きちんと丁寧に手入れされている証拠ね」
「そうね。こんな人通りの少ない所に植えられているのに、こういった事に力を割けるようになったということは、それだけ国も落ち着いてきたということでしょうね」
お互い顔を見合わせ一瞬沈黙がおりるも次の瞬間には二人して笑い出していた。
「陽子が『慶に桜を植えてみようと思う』って言い出した時にはどうなることかと思ったわ」
「そうねえ。食用ならまだしも鑑賞用だもの。あの時は他の官吏を説得するのが大変だったわね。主に浩翰さまが」
「ふふ、本当よね」
くすくすと思い出し笑いをしながら二人で思い出話に花を咲かせていたが、ふと祥瓊が怪訝そうな声を出す。
「ねえ鈴。あの子達どうしたのかしら」
そう言いながら祥瓊が指差す方向には等間隔で植えられた桜の樹の根元に二人の少女がいた。
「落とし物でもしたのかしら」
「じきに日が暮れてしまうし、手伝った方がいいわよね」
そう頷き合いながら二人は足早に少女達の元へと駆け寄るのであった。