「投稿作品集」 「19桜祭」

桜祭の開催おめでとうございます! 饒筆さま

2019/03/20(Wed) 23:30 No.7
 今年も参加できて嬉しいです〜♪  未生さま、素敵なお祭りを開催してくださりありがとうございます。 皆さまで楽しく盛り上がりましょう!

 さて、さっそくお祭り開幕祝いを持参しました。 テーマは「がんばれ新社会人!」です(笑)
 雁の大学を卒業後、金波宮へ出仕することになった楽俊を 微笑ましく見守ってやってください。 (※楽俊の将来捏造にご注意!!)

君の門出に祝福を

饒筆さま
2019/03/20(Wed) 23:33 No.8
 新しい朝だ。
 気まぐれな寒の戻りさえ、まるで激励を受けているようで背筋が伸びる。
 シュッ。楽俊はまだ皺ひとつない官服の帯を締めた。
 出がけに冷めた白湯をひと口含み、朝靄が残る路地へ出る。そして薄暗い下級官邸街を足早に抜け、明けきらぬ空に厳然と聳える王宮へ向かった。
 つい先日まで楽俊は客人としてその長い道のりを案内されていた――が、今日からは違う。夜勤帰りあるいは早番の官吏たちが忙しなく行き交う中を、ただ一人、周囲と同じ一構成員として急ぐ。右も左も、頭を垂れる下男下女まで全てが宮仕えの先輩だ。交わす互礼にも敬意が籠る。
 てくてくとひらすら歩を進め、息があがってきた頃にようやくコン人が護る路寝の門を潜った。朝堂の脇を通り過ぎ、ここからは衛士に付き添われながら積翠台へ。
 見覚えのある角を曲がった拍子に、朝陽に輝く桜樹が目を奪った。早くも盛りを迎えた花枝を四方へ広げ、ただ一本、堂々と在る。
――凄い。なんて迫力のある美しさだ。
 楽俊は思わず足を止め、薄紅の天蓋に見入った。
 蓬莱で生まれ育った親友の評が耳の奥に蘇る。
――桜は別れを彩る花であり、始まりを祝う花なんだ。だからこんなに美しい。
 ああそのとおりだな、陽子。
 楽俊は胸中でつぶやく。
 宙ぶらりんだった昨日までと決別し、今日から始める新しい日々を、これほど華やかに言祝いでくれるとは有り難い。なんだか勇気が湧く。
 楽俊は薄ら微笑んで、親友が待つ小堂の前に跪いた。
 案の定、万事気が早い女王は先触れを聞いた途端、自ら扉を開けて現れた。
「おはよう楽俊!朝議の前に呼び出してすまない。誰より先にお祝いを言いたかったんだ♪」
 いつもの官服と満面の笑顔。変わらぬ温かさで親友を迎えた陽子は、その親友が人型のまま跪き畏まっていることに顔を曇らせた。
 一方の楽俊は儀礼通り、恭しい拱手を捧げる。
「格別のご高配を賜り、深く御礼を申し上げます。『主上』」
 それから面をあげ、にっこりと笑んだ。
「本日より、私は金波宮秋官府の一員でございます。なにとぞ『文張』とお呼びくださり、左様に遇してください」
 そう、今朝は新しい朝だ。だからこれは、今まさに新たな一歩を踏み出す宣言なのだ。
――『私たちは友達だ』と言ってくれた君は、今日からおいらの主君になる。
 遅れて出てきた景台輔が無言で頷いた。
 当の陽子は口の端をぐっと曲げてから、
「そうか。『文張』」
 ぶっきらぼうに応じて、翠瞳を据えた。
「任官おめでとう。その才を発揮し、存分に活躍してくれることを期待している」
 楽俊は再び頭を垂れた。
「微力ながら、主上と慶国の御為に粉骨砕身勤めさせていただきます」
――これでいい。これでいいんだ。
「……ただし!!」
 えっ。突然の大声に面食らって目をあげれば、武断の女王は腰に手を当てて身を乘り出し、ニヤリと太い笑みを浮かべていた。
「時には『楽俊』として私に同行してくれよ。さもなくば、職場に乗り込んで拉致してやるからな!」
 ええええ……。楽俊は言葉を失った。
 陽子の右に控える景台輔はあからさまに胡乱な目で主を睨み、左に控える冢宰閣下は口の端でくつくつ笑っている。そう遠くない将来、間違いなく、その拉致事件は起きるだろう。
――王様って、みんなこうなのか……?
 大学寮の窓から侵入しがちな隣国の名主従(笑)を想起し、じわじわと諦念が湧く。
 学生生活も波瀾万丈だったが、どうやら「普通の」官吏生活も送らせてはもらえなさそうだ。(巻き込まれ体質だから仕方ないね)
「ちなみに、週末はさっそく花見だ。供をせよ」(フフン♪)
 冗談めかしてふんぞり返る陽子に、
「……畏まりました」
 楽俊は苦笑をこぼす。
――この機に敢えてけじめをつけて、おいら一人でちゃんと身を立てたかったんだが……これじゃ、どうにも恰好がつかないなあ。
 ふふふふ。堪えきれない様子で陽子が笑う。
「仕事は仕事、立場は立場だけど、今更他人面なんてさせないぞ楽俊」
 昇りゆく陽を燦々と受けた笑顔はそれはそれは眩しくて――嗚呼。楽俊は目を閉じた。
 あの霧雨の日に拾った紅の嵐は、社会から爪弾きにされていた小さな鼠を王宮の高みにまで吹き飛ばしてくれた。そして今後もまだまだ楽俊を巻き上げて、今度はどこへ連れて行こうと言うのだろう。
 楽俊にとって、陽子は人の形をした運命だ。
 この新しい朝に、改めてそう思い知る。
――ならば、陽子と一緒に家を出たあの日のように、また胸を躍らせてもいいのだろうか。
 楽俊は穏やかに肚を括って、彼の運命に誓いをたてた。
「承知しました。仰せとあらば、いずこへでもお供いたしましょう」
「うん、楽しみにしている。これからもよろしく」
 溌剌とした微笑の煌めきを残し、多忙な陽子はくるりと踵を返す。
 楽俊は胸の内に灯った温もりを大事に抱いて跪礼を捧げる。
 春風が吹き、再び同じ道を歩き出した親友たちに、祝いの花片が降りかかった。

<了>

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