君の門出に祝福を
饒筆さま
2019/03/20(Wed) 23:33 No.8
新しい朝だ。
気まぐれな寒の戻りさえ、まるで激励を受けているようで背筋が伸びる。
シュッ。楽俊はまだ皺ひとつない官服の帯を締めた。
出がけに冷めた白湯をひと口含み、朝靄が残る路地へ出る。そして薄暗い下級官邸街を足早に抜け、明けきらぬ空に厳然と聳える王宮へ向かった。
つい先日まで楽俊は客人としてその長い道のりを案内されていた――が、今日からは違う。夜勤帰りあるいは早番の官吏たちが忙しなく行き交う中を、ただ一人、周囲と同じ一構成員として急ぐ。右も左も、頭を垂れる下男下女まで全てが宮仕えの先輩だ。交わす互礼にも敬意が籠る。
てくてくとひらすら歩を進め、息があがってきた頃にようやくコン人が護る路寝の門を潜った。朝堂の脇を通り過ぎ、ここからは衛士に付き添われながら積翠台へ。
見覚えのある角を曲がった拍子に、朝陽に輝く桜樹が目を奪った。早くも盛りを迎えた花枝を四方へ広げ、ただ一本、堂々と在る。
――凄い。なんて迫力のある美しさだ。
楽俊は思わず足を止め、薄紅の天蓋に見入った。
蓬莱で生まれ育った親友の評が耳の奥に蘇る。
――桜は別れを彩る花であり、始まりを祝う花なんだ。だからこんなに美しい。
ああそのとおりだな、陽子。
楽俊は胸中でつぶやく。
宙ぶらりんだった昨日までと決別し、今日から始める新しい日々を、これほど華やかに言祝いでくれるとは有り難い。なんだか勇気が湧く。
楽俊は薄ら微笑んで、親友が待つ小堂の前に跪いた。