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慶 賀

* * *  転 ── 楽観  * * *

「──で、何やってそんなに怒らせたんだ?」
「さあ?」

 延麒六太は腕を組み、目を細めて己の主にそう問うた。延王尚隆は肩を竦めただけだった。六太はずきずきする蟀谷を押さえ、深い溜息をつく。

「──尚隆。陽子から鸞が来たぞ。当分出入り禁止だからお前を寄越すなって。あと、くだらん用事で正式訪問をしないように見張っとけ、だとよ」
「手回しのよいことだ」

 尚隆は面白そうにそう言い、鷹揚に笑った。六太は堪らず怒声を上げる。全く、尚隆は暢気すぎる。事態はもっと深刻なのに。

「お前なー、他人ひと事みたく言ってんじゃねえよ。おれはあんなに怒った陽子は初めてだぞ」
「奇遇だな。俺もだぞ」
「怒らせた本人が何言ってんだよ」

 六太はくらくらする頭を押さえて再び溜息をついた。尚隆は口の端に余裕の笑みを浮かべた。

「──陽子は困った顔が可愛いのだ」
「──お前、それ、すんごく悪趣味だぞ」

 六太は東の国の女王を思い浮かべる。その鮮烈な美貌とは裏腹なぶっきらぼうな言動。武断の女王と呼ばれる陽子が途方にくれる様は可愛らしかった。ついからかいたくなる尚隆の気持ちも分からなくはない。しかし、生真面目で我慢強い陽子だけに、怒ったときが怖ろしいのだ。

「──掌客殿に戻らない、と言っただけなのだが。あんなに怒るとは思わなかったな」
「──尚隆。それはまずいぞ」

 軽く言って首を捻る尚隆に、六太は顔を蹙めた。陽子と尚隆の仲は、陽子の側近はもう知っている。しかし、まだ公にはされていない。訪問中の延王尚隆が掌客殿から消える──。そんな事態が起これば、掌客殿を任された下官が大騒ぎすることだろう。

「──さて、公式訪問の理由でも取り繕うか」
「お前な〜、来るなって言われてるだろ」

 飄々と呟く尚隆に、六太は痛む頭を抱えた。ここで尚隆を止められなければ、陽子の怒気は確実に六太に向けられる。それは勘弁願いたい、六太は本気でそう思った。しかし、尚隆は悪戯を思いついた小童のような笑みを見せた。

「公式訪問ならよいのだろう?」
「だから、くだらねえことで訪ねたら、永久に出入り禁止だって──」

 己の安全を鑑み、六太は噛みつくようにそう言った。そんな六太の言葉を遮り、尚隆は小声で耳打ちする。

「いいか、六太」
「ええっ? お前、本気か!?」
「無論、本気だとも。だから──」

 尚隆の提案に、六太は思わずそう叫んだ。六太を驚かせて満足した尚隆は、にやりと笑って続ける。六太は感心したように腕を組み、大きく頷いた。尚隆は、己がやると決めたことは、何が何でもやりとげる。

「なるほどなぁ。それは、陽子の側近連中と折衝したほうがいいだろな。けどさ、景麒がなんて言うかなぁ……」

 六太は眉根を寄せ、ぶつぶつとひとりごちた。尚隆は涼しい声で六太に言った。

「それは、お前の腕の見せ所だろうよ」
「──何言ってんだよ。おれを頼るな、この莫迦殿が!」

 六太は再び怒声を上げる。しかし、尚隆はまるで動じない。意地の悪い顔をして続ける。

「麒麟のくせに、主の言うことを聞けぬと言うのか?」
「脅迫かよ……」
「脅迫ではない。勅命だ」
「──それを、脅迫って言うんだよ……」

 澄ました顔で断じる尚隆に、六太はがっくりと肩を落とした。尚隆は片眉を上げ、含み笑いをした。

「──陽子のためなのだぞ?」
「駄目押しするなよ……」
「やってくれるな?」
「分かったよ! やればいいんだろ、やれば!」

 六太はやけくそ気味に卓子を叩いた。尚隆は喉の奥で笑い、満足そうに頷いた。

2006.01.30.
 「11111打記念企画」小品連作「慶賀」第3話でございます。 如何だったでしょうか。
 今回は陽子を怒らせた尚隆のほうですが、なにやら悪巧みしております。 さてさて、結果はいかに……。お楽しみに!  うまく落ちるように祈っていてくださいませ。

2006.01.30. 速世未生 記
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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