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真 意 (3)

* * *  3  * * *

「──陽子が姿を晦ました」
「──陽子が?」
 妓楼の房室を出るなり、六太が急きこむように口を開く。何故、ここで伴侶の名が出るのか。尚隆は動揺を隠し、眉根を寄せた。蒼褪めた顔の六太が、更に言い立てる。
「早く捜さないと……!」
「落ち着け」
 六太の狼狽が、却って尚隆を冷静にする。関弓は広い。闇雲に捜しては、見つかるものも見つからないだろう。それよりも、尚隆にはそもそもの事情がちっとも分からないのだ。それでは、手の打ちようがない。が、焦れた六太は怒声を上げた。
「これが落ち着いていられるかよ!」
「もっと分かるように話さぬか」
 尚隆は興奮する六太を宥め賺して事情を聞き出す。訥々と話す六太の顔を見る尚隆の目は、次第に鋭くなっていった。
「──では、お前が陽子をここへ案内したというのだな?」
 六太はぐっと詰まる。言い訳をしようと開く六太の口を、尚隆は冷静に制した。いま必要なのは、そんなものではない。正しい情報だけなのだから。
「いなくなったのはいつだ?」
「──分かんねえよ。この房室に入る前までは後ろにいたはずなんだ。けど、いつの間にか……」
 答える六太の言葉は口の中で消えた。いつ姿が見えなくなったのかは、六太にも分からないのか。胸で舌打ちをしつつ、尚隆は問いを重ねる。
「使令は?」
「気づいてすぐに追わせたが……まだ戻らない。──どうしよう、おれのせいだ」
 六太はますます蒼褪め、頭を抱えて蹲った。尚隆は六太の背を叩いて宥め、更に問うた。
「落ち着けというに。水禺刀は? 班渠は憑いているな?」
「ああ……水禺刀は持っていると思う。そうだ、班渠がいた」
 陽子は女王だ。常に水禺刀を帯び、護衛に使令を憑けている。そうでなければ、度重なる女王のお忍びに、気難しい側近たちが黙っているはずもない。
 そして、一見無謀な女王も、己の立場は弁えている。自らの命を脅かすような無茶をしたりはしないだろう。尚隆はようやく唇を緩めた。
「では、打てる手はもう打ったということだ。ここで使令を待つ」
「そんな悠長なことを……!」

「陽子は、大丈夫だ」

 血相を変えて言い募る六太に、尚隆は揺るぎない笑みを向ける。そして、確信を持って言い切った。が、六太は未だ不安抜けきらぬ貌を見せる。
「けど……!」

「武断の女王をどうにかできる者など、そういない」

 六太の言葉を遮り、尚隆は断じた。そう、景王陽子はただ美しいだけの女ではない。内乱の平定にも自ら乗り出す武断の王だ。そして、己の身は己で守らなければならないことを知っている。それを実践してもいる。腰に帯びる水禺刀は、お飾りではないのだ。六太は目を見張り、納得したように頷いた。

 尚隆はそのまま妓楼の女将の許に向かった。尚隆の姿を見て、入口に戻っていた女将が心配そうに告げる。
「お連れさまがお一人で出ていかれましたが、よろしかったのですか?」
「ああ、ちょっと行き違いがあってな。見つけるまで動けぬ。小部屋をひとつ用意できぬか? そこで待たせてもらいたい」
「承知いたしました」
 女将はしたり顔で頷き、二人を小部屋に案内する。そして、それ以上余計なことを問わず、恭しく頭を下げて出ていった。それから、待機を余儀なくされた二人のために茶と軽食を差し入れてくれた。
 待ちの態勢は整った。尚隆は榻に腰を沈めて己の考えに耽る。使令が陽子を見つけ出してくれればよいのだが。が、それは楽観というものだ、まずは、待っている間にできることをしなければならない。それは、事情を知ることだ。
 深い溜息をついた尚隆は、落ち着きを取り戻しつつある六太から事の顛末を聞くことにした。

 例の如くお忍びで現れた隣国の女王を、延麒六太は笑顔で迎えた。国主不在を嘆く延麒に、己の半身も主の不在を嘆いているかもしれない、と女王は苦笑した。しかし六太は、景麒は尚隆の悪口を言っているに違いない、と断じた。小首を傾げる陽子に、六太は、尚隆は素行が悪いから、と説明したのだという。
「それで、俺の素行が如何に悪いか、わざわざ見せに来たというのか?」
 尚隆は口許を歪めて六太を見下ろす。六太はぷいと顔を逸らし、怒ったように答えた。
「おれは、陽子に、妓楼に行く男となんか付き合うのは考え直せと言ったんだ。そしたら、あいつ……」
 尚隆に視線を戻し、六太は一度言葉を切る。尚隆は続きを目で促した。六太は顔を蹙め、尚隆を睨めつけながら続けた。
「──私が迎えに行く、と言ったんだ」
「──つくづく余計なことを言ってくれたな、六太」
 聞いて尚隆は深い溜息をつく。陽子は人の言うことを鵜呑みにする女ではない。そして、こうと言い出したら聞かないところがある頑固者だ。己の目で確かめようと思ったからには、妓楼だろうがどこだろうが、自ら出向いて確かめるだろう。それが、己を傷つけることだ、と分かっていても、尚。六太はますます顔を蹙めて怒鳴った。
「お前がこんなところに来るから悪いんだ!」
「今更それを言っても詮無い」

「──陽子は、お前にしか涙を見せないのに、お前が泣かせたりしたら、行くところがなくなるだろ!」

 六太は怒声を上げて畳みかける。尚隆は、黙ったまま六太から目を逸らした。六太も、それ以上は何も言わなかった。
 やがて、六太の使令が戻ったが、捗々しい回答は得られなかった。再び動揺の色を見せる六太を宥めつつ、尚隆もまた次第に募る焦燥を重く感じていた。

 陽子は、妓楼で何を確かめたかったのだろう。実際に、ここで何を見たのだろう。何を思って姿を消したのだろう。ここで花娘と戯れる尚隆を見て、衝撃を受けたのだろうか。そして、今頃どこかで独りで泣いているのだろうか。
 もし、陽子が自ら身を隠したいと望めば、捜索はかなり難しくなる。班渠は空を飛べるのだから。そしてそのまま、慶へ帰ってしまうかもしれない。

 いや、自ら姿を晦ましたのなら、まだよい。が、もし、事件に巻きこまれていたとしたら──。

 待つ時間とは、悪い想像ばかりを掻き立てる。己の考えに沈む尚隆を、六太がじっと眺めていた。ふと目を上げた尚隆は、物言わぬ六太の目に浮かぶその色が何かを、読み取ることができなかった。

2008.09.09.
 「3周年記念」中編「真意」第3回をお届けいたしました。
 「誘惑」にて泣きそうな顔を見せた六太の苦労性な一面をお見せできて嬉しく思います。 そして、かの方はというと…… 「自業自得」ですね。
 これからどんどん邪度を増していくと思います。なので、今の内に謝っておきます。 ごめんなさい〜。

2008.09.09. 速世未生 記
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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