花ぞ散りぬる 参
作 ・ リコさま
2009/05/14(Thu) 01:02 No.348
奏南国、清漢宮。
「あら、兄様。案外早いお帰りで。一度お出かけになったらしばらくは戻らないものかと思っていました」
妹、文姫は笑顔で憎まれ口を叩く。この妹はいつもこの調子だ。
「しっ。母さんに捕まると言い訳をしないといけなくなる」
「あら、言い訳が必要なことに首を突っ込んでいらっしゃるの?」
「いや、言い訳ではなく、時間がないんだ。急いでいるから。昭彰はどこにいる?」
悪いことをしているわけではないのに懸命に弁明をしている自分が滑稽に思える。だが、本当に急いでいるのだ。
「おやおや、うちの放蕩息子は随分と早くに家があったことに気がついたと思いきや都合上立ち寄っただけみたいだねぇ」
突然背後から声をかけられ悪戯を見つけられた子供のように首をすくめる。
「母さん、放浪好きな弟がこんなに早く戻ることは珍しい。顔に何かあったと書いてある。急ぎ父さんと昭彰を呼んできましょう」
すぐに大事を見抜かれた自分は存外正直者だ、と苦笑いをする。
昭彰を伴い現れた父、先新は席に座るなり核心から切り出した。
「おまえも急いでいるだろうから前置きは抜きだ。急な呼び出しは供王に関わることだろう。昭彰に頼みとは何だ」
利広は何で父が供王のこととわかるのか不思議に思いながらも青鳥がきたこと、恭の様子を説明する。目を閉じ話を聞いていた父は話が終わったところで銀のかかった金色の長い髪の女性を見た。
この世のものとは思えないろうたけた美しさの女性は宗麟。主従の契りを交わし何百年たった今でも目が合うだけで胸がときめく。
「利広、昭彰は供麒に失道の気配を感じると申しておる」
失道、の言葉に驚いたのは利広だけではなかった。母も、妹も、普段冷静な兄までもが目を剥き父の顔を見つめ驚きの言葉を発する。
宗麟は人の気配や気持ちを敏感に感じとることができる。この感受性のおかげでこれまで何度秦が救われたことか。
「失道とは解せません。昭彰の勘が違ったことがないことは理解しています。だが、今の恭はあの通り繁栄し民も喜んでいる。供王に天意に適わない行いがあったとは思えません」
「そうだねぇ。それは私も同感だけど、冷静に考えてみようよ。もし、失道ならその理由は何だろう? 利広の言うとおり恭は発展し、民は豊かになり喜んでいる。民の幸せが天意に適わないわけがない」
「もしかしたら……」
一同の視線は一斉に利達の端正な顔立ちにそそがれる。
「もしかしたら遵帝と同じじゃないか?」
「遵帝?」
「官も、民も誰もが慈悲深い名君の突然の死を嘆いた。何故、こんなことになったのか初めはわからなかったが次の王がたった時、御璽の国名が変わっていたので覿面の罪だとわかった。民意に適っていないわけではない。でも、失道した。理由がどうこうではなく何かの行為が非とされる」
「民を助けるのだから是、しかし、軍を率いて他国に足を踏み入れることは非」
「そうか。供麒失道も民のためとはいえ何らかの行為が非とされた可能性もある……」
「是が非になる……」
宗王先新は子供達の洞察力に満足したように目を細めた。妻明嬉と3人の子供達。それぞれ個性は違う。違った視点で物を考え、互いに意見をぶつけあい、最後は互いを認め合い一つの結論を導き出す。
これが奏の強さだ。家族が知恵を出し合いどんな難局でも切り抜けてきた。が…… 先新は供王珠晶に思いを馳せる。
幼くして王となり、王に対する敬意はあっても強い愛情を注いでくれる人の少ない生活は辛かったろう。
「利広、昭彰は供麒の気は掴んでいる。行きなさい」