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黒 い 麒 麟

作 ・ griffonさま

* * *  伍(了)  * * *

2010/03/24(Wed) 18:13 No.165

 天蓋を揺らす風が、突然温かなものに変わった。開け放たれた窓に尚隆が視線をやると、外から桜の花弁が二つ、不思議な軌道を描いて舞い込んできた。

 その花弁が連れて来たとでも言うように、獣の翳が窓から入って来た。美しい艶やかな黒の麒麟。春の日を受けた辺りは漆黒の虚海の底を蠢く妖魔の目のように、青緑の光を放っていた。

 見た物をそのまま呑み込む事が出来ずに、尚隆は眼を瞬くと暫く呆気に取られて黒麒を眺めていた。恥ずかしげに頸を下げた黒麒は、房に入らず佇んでいた。

「泰麒……か」

 確認するように、尚隆は呟いた。

 房に居た他の四人は、声も出せずにいた。

 黒麒は言葉を発せず、小さく肯いた。ゆっくりと房内に入ると、臥牀の李斎に近づきその鼻先を李斎の足先に寄せた。洞窟の中で喋る様に反響した高里要の声がする。




『天命を持って、主上にお迎へ申し上げます。御前を離れず。詔命に背かず。忠誠を誓うと誓約申し上げます』




 その言葉を待っていたかのように、窓から強く風が吹き込み、淡い紅色の花弁が大量に舞い込む。渦を捲くように房内を何度か回ると、まるで敷物のように均一に床を埋め尽くした。黒麒の発した言葉を、房内の誰もが喉先で反芻していた。情況を上手く呑み込めず、黒麒の言葉が詰まったような気がして、喉を鳴らし無理矢理唾液を呑み込む音が聞こえた。




−了−


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