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黒 い 麒 麟

作 ・ griffonさま

* * *  弐  * * *

2010/03/24(Wed) 18:08 No.162

 二重に玻璃の入った暖かな臥室。天蓋のある臥牀。臥室を暖めるための暖炉には薪が燃えていて、時々それの弾ける音がする。

 李斎は白貂を敷き詰めた臥牀の上にいた。

 たっぷりと空気を含んだ羽毛の衾を褥と同じ白貂で覆った物で躯を包んでいた。暖かな臥牀の中で、うつ伏せに眠っている。寝返りを打つと、大きく広がっていた赤茶の長い髪が、流れるように一纏まりになる。李斎は無意識に右手をそっと、白貂の敷物の上を滑るように這わせていく。何かを探すように、右の掌が敷物の上を滑る。その指先が、がっしりとした掌を捕らえた。武人にしては華奢な白い指が、良く日に焼けた褐色の肌の指に絡みつくようにしてそれを撫でる。小指と薬指を握り締めると、腕ごと引き寄せて自分の右の太腿にその甲を当てた。鍛えられた三角筋の盛り上がりが、ちょうど李斎の鎖骨の辺りに当たった。裸の乳房を上腕に押し付け、腕を体全体で包むようにして、体を摺り寄せた。

 ―― ん? どうした。

 気だるげな、低く囁く様な声を耳朶に吹き込まれて、李斎は躯を振るわせた。

 ―― 主上……

 ―― 二人でいる時は、その呼び方は使うなとあれほど言っている。一線を引くのも大概にして欲しいものだな。

 低い声が再びして、くつりと喉の奥で笑った。力強く抱え込まれて、李斎は喉を鳴らした。

 ―― 綜……

 白貂の敷物に躯を包まれて、更に強く抱きしめられた。ふと、薄く目を開くと、銀灰の毛皮が目に入った。

 ―― 臥牀にこのような毛皮があったかしら

 塊になった毛皮が、ごそりと動いた。ちょうど李斎の目の前で、鼠の耳の様なものが、羽ばたく様に動いた。息を呑んだ李斎は、目だけを動かして、辺りを確認した。抱え込んでいたものは、腕ではなく獣の前肢。白と黒の縞の模様。

 ―― 趨虞? 計都か? いや。何故計都が……え? 目の前の物は一体なに?

 徐々に目が覚めていく。横たわっているのは、子供ほどの背丈の鼠だ。背中に居るのは確かに趨虞ようだが。

「ここは、どこ?……」

 思わず李斎は声を出した。

 鼠は寝返りを打つと、少し顔を反らせながら、李斎の額に小さな前肢をあてがった。ひんやりとしたその手が、心地よかった。

「気が付いたかい? どうやら冷え切った躯も元にもどったようだな」

 鼠は、手近にあった毛織物の上掛けを李斎に被せて、離れた。慌てたように、李斎はそれで躯を覆った。夢の中と同じく、裸だったからだ。背中から李斎を抱えるようにしていた趨虞は、一度李斎を離したが、身を縮めた李斎の上から被さる様にして再び抱きかかえる。

 喉を鳴らしてから、顎の下の柔らかい毛で李斎の髪を撫でるように頭を動かした。

 板を張り合わせただけの小屋の中央にある囲炉裏に薪を足してから、鼠は李斎の前に片膝を付いて礼を取った。

「中将軍にはたいへん失礼をいたしました。御体がかなり冷えておりましたので、他に暖める手段もございませんでした。非礼とは存知ながらもこのような手段を講じてしまいました。私は、雁州国の大学に籍を置く、張清と申します」

「……私は……いや、何故貴殿は我を御存知か」

「陽子……卑賤の身ではございますが、景王君と奇なる縁がございまして。景王君から劉中将軍の事を伺っておりました。容姿からお察しいたしますに、将軍に間違いはないであろうと。」

「陽子殿の……知古」

「楽俊、と言う名に聞き覚えはございませんでしょうか」

「あの。陽子殿の御友人の」

 鼠は、前肢で目の上のあたりを掻いた。

「陽子のやつ。やっぱりそんな風に言ったんだな。王の友人なんて肩書きは、勘弁して貰いてぇもんだ」

 小声でそう言うと、頸を折って項垂れた鼠は、溜息を漏らした。

「私は……ここは?」

「雁州国の海岸から少し離れた小島です。おいら……いや私は、この辺りの海匪について
調べていたところなのです。ちょうど目の前で沈んでいく中将軍を発見いたしましたので、お助けした次第です」

「……雁」

 李斎は呟くように言った。突然、目の前の鼠がぐるりと回った。再び目の前が真っ暗になった。

 ―― これは。夢? それとも

 倒れかかる李斎の躯を趨虞の前肢が抱える。額に垂れかかった前髪を、楽俊はそっと梳き上げた。

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