かそけき湖畔の楽園
作 ・ 空さま
* * * 第2節 * * *
2010/05/04(Tue) 20:20 No.681
あくる日の朝議の後、
「主上?」
陽子が内殿に帰ろうとすると景麒から声をかけられた。
「ああ、景麒。瑛州はどうだ? 天候は落ち着いたのか?」
「御心配おかけいたしました。どうやらなんとか田植えの時期はそれほど遅れずに済みそうです」
「そうか! それはよかった。ところで、何かあるのか? 景麒のほうから声をかけてくるのは久しぶりな気がするぞ」
「御冗談を」
眉間にしわを寄せながらも、陽子と話をする景麒は幸せそうだ。
「確かに、年が明けてから天候が安定しないことが多く、瑛州の政で急ぎのことが多くございました。主上とこうしてお話をするのも久しかったかもしれません」
「そうだよ。で、何だ?」
「はい、今日はひとつ提案がございます」
心なしか景麒はとても機嫌がよさそうだ。
「ああ、言ってくれ。どんな提案だ?」
「このところ、執務も根をつめておいでだとか。次の公休日に視察に出られてはいかがですか?」
「え、本当か?」
外へ出たくて仕方がなかったわけではない。王たるもの、そうそう金波宮から出ていくことなどできないのだ。問題は山積み、日常の裁可だけでも一苦労の毎日。登極したてのころに比べて、御名御璽は早く上手になったが、まだ訴状を自分で読むのは大変だ。棒読みできる書類は確かに増えた。しかし内容を読み取るのは難しい。ただ普通に執務をこなしているだけで、公休日ともなるとくたくたで外出する気にもならないのだ。さらに、出かけるとなればお忍びでも大仰になる。こっそり抜け出すほど、まだこの執務に飽きているわけではない。そういうわけで、陽子のほうから出かけたいなどと言い出したことはあまりないのだ。今回は、出かけたいと言うと一番反対しそうな景麒から視察の話が切りだされたので、陽子は少なからず驚いた。
「はい、冢宰から聞きました。主上は、建州の作物がどんな具合かを大変心配していらっしゃると。そこで、見に行かれてはいかがですか? 今、ちょうど四春の滝桜が見ごろと伺っております。女史と女御をお付きにしていかれるとよろしいかと」
「ほんとうか、景麒! うれしい! ありがとう。よーし、そうときまれば仕事をやってしまわなくちゃね。がんばるよ」
「それがよろしいでしょう」
気まじめに答える麒麟に、陽子は口をとがらせる。
「まったく、景麒は。でも、ほんとうにうれしい。下に降りるのは久しぶりだから」
「羽目を外されませんように」
「ああ、わかった、わかった。大丈夫だよ」
目的があるいうことは良いことだ。このあと、陽子の執務はいつもに増してはかどったのは言うまでもない。