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かそけき湖畔の楽園

作 ・ 空さま

* * *  第4節  * * *

2010/05/04(Tue) 20:23 No.683

ところがだ。
陽子がその場を離れてすぐ、目つきの悪い男が四人、鈴と祥瓊のほうへ近づいてきた。
「おい、ねえちゃん。どっからきた?」
「桜は見終わったのかい?」
ガラの悪そうな連中だ。祥瓊も鈴も身構えた。
「紺青の髪とは、珍しいねえ」
細みの身体につりあがった目をした男が、祥瓊の髪を触ろうとする。祥瓊は身を翻して、
「何するのよ!」
と言って鈴の手を取った。
「鈴、行こう?」
祥瓊が低い声で、誘うと鈴も小さくうなずく。しかし、歩き出そうとすると、その男たちに行く手を阻まれた。
「そんな、あわてることはねえだろ?」
「桜見物が終わったんなら、おれたちと遊ぼうぜ」
「内緒だがな、酒もあるんだ」
男が鈴の腕をとろうとしたので、彼女は思い切り振りはらった。
「なんだてめぇ、大人しくしてりゃ、ずにのりやがって!」
つかみかかってきた男はがっちりしていたが少し背が低かった。祥瓊は鈴をかばうように後ろに押すと、自分が入れ替わりその男の前に立った。
「そちらこそいきなり何のつもりかしら。私たちはもう帰るところです。どうぞお構いなく!」
と怒鳴った。
「ほう、威勢のいい姉ちゃんだ」
四人の男の中ではかしらだろうか、この男は落ち着いていた。
「おれたちも、桜見物していたんだが、とっくに見終わっちまってね。どうだい、そこの裏に弁当も用意してある。一緒に食わねえかい?」
無精ひげを生やし、長めの髪を後ろで束ねた長身の男だ。人のよさそうな顔をした満面の笑みが、却って疑わしい。先の二人の男の態度からして、まともな誘いではなさそうだ。
「どうかしたの二人とも?」
「「陽子〜!!」」
緊迫した空気を逆なでするような陽子ののんびりした声に、鈴と祥瓊は安心したと同時に腹が立った。
「なによ、遅すぎだわ」
「そうよ、私たちガラの悪い奴らに絡まれて……」
「「なんだと!?」」
鈴の言葉に、さっきの男たちが先に反応した。
「おれたちが何かしたっていうのか!」
「ただ、弁当に誘っただけじゃねえか!」
陽子は、笑顔で男たちに答える。
「ああ、それはどうも。でも今あそこで蒸かしまんじゅうを買ってきたので大丈夫だ。御厚意は感謝する。二人とも、向こうで食べよう」
陽子は手に持ったまんじゅうの包みを鈴に渡し、男たちの輪の中から二人を引っ張って強引に連れだすと、自分の後ろに回した。
「ではごきげんよう」
そう言って陽子は反対側を向き立ち去ろうとしたのだが、
「待てよ、兄ちゃん」
先ほどの長身の男に声をかけられた。
「私のことか?」
陽子はゆっくり振り向く。
「おれたちのほうが、先に声をかけたんだぜ」
「この二人は私の連れだが」
「そんな証拠はねえよ」
陽子はくすりと笑う。水禺刀は背にしょっている。冗祐はもちろん憑いている。ただの悪人ならほぼ無敵だろう。
「申し訳ないが急ぐのだ。ゆっくりしてはいられないのでね。失礼する」
鈴と祥瓊の背を押そうとすると、先ほどの男たちがその前を塞いだ。
「陽子、あまり騒ぎを大きくしないほうがいいわ」
祥瓊が小声でささやく。
「なんとか事を荒立てないで済ませたいのに」
鈴もこっそりとぼやいていた。
「わかっているよ。なんとかなるだろう」
陽子も声を低くして返した。
 ただでさえお忍びで出してもらっている身だ。何かあったら次はもっと出にくくなるだろう。そう考えると、陽子は思わずため息をついた。
「おまえ、馬鹿にしているのか!?」
さっきの背の低い男が、それを聞きつけて怒りをあらわにした。
「いや、そんなことない。気に障ったら申し訳ない」
思わず応対する陽子に、弱気の発言と見たのか、釣り目の男も囲んでいた輪を縮めてきた。さっきの長身の頭らしき男が、
「お前さん剣をしょってるが、商売は傭兵か?」
そう聞いてきた。
「そんなもんかな」
陽子は適当に答える。
「男一人に女二人は大変だろう?一人こっちによこさねえか?」
それを聞いて、鈴と祥瓊はぷっと吹き出し、陽子は目を丸くする。十二国は男女の差が無いと言っても、兵士の女性はそれほど多くない。よく見れば陽子は立派な女性なのだが、祥瓊や鈴と一緒にいると、逆に良く見ないと女性とは分からないかもしれない。陽子はそんな状況には慣れていて、むかついたりはしないが、またかという気がして、思わずため息をつく。それがまた、男たちの耳にはいったようだ。
「兄さん、ずいぶん腕には自信があるようだな。そこの堤防の下でお手合わせと行くか?」
長身の男も、ため息にむっとしたらしく、やり合うつもりのようだ。
「それも違う。私は女なのだが」
陽子はそう言ってまた、ため息をついた。今度は男たちがびっくりしたようだ。
「へえぇ、そんならあんたも酌をしねえか? 歓迎するぜ」
「「へ、へへへへ……」」
陽子が女性だとわかったとたん、男たちの態度が下卑たものに変わった。馬鹿にしているのはそっちだろうと、陽子たちは思ったが、あまりこの場所でもめ事は起こしたくなかった。数秒の沈黙の後、陽子はすらりと水禺刀を抜いた。
「この場でお手合わせ願おうか」
足元から気がこもる。すると、今まで一言も発していなかった四人目の男が口を開いた。
「まて、お前仙だろう?」
残りの三人の態度が急に変った。
「お頭、今何と?」
この男が頭だったのか。陽子たちはびっくりした。気配の薄い男だったからだ。それは、気配を自然に絶っていたからなのだが、陽子たちはそれに気がつくほど修業を積んだ兵士ではなかった。唯一気づいていたとすれば、陽子に憑いた冗祐だが、彼も余計なことは言わない。
「そうだけど?」
陽子は、答えた。神仙だけどね、とは心の中でつぶやく。
「その刀は冬器だな?」
たたみかけて男がきく。答える義理はないので、陽子は黙っていた。しかも、冬器では無い。
「おい、今日はやめておけ。いやな予感がする」
影の薄い男が言うと、三人の男はふんと鼻を鳴らして、あっという間にいなくなってしまった。あたりには、桜見物を終わった花見客の姿が見られるだけだった。

「ああ、良かった」
鈴がまんじゅうを陽子に返してから胸をなでおろす。
「ほんとよね、何事もなくて何よりだわ」
祥瓊も、陽子の肩をつんつんとつついた。
「やれやれ、せっかくの滝桜の姿を忘れてしまうところだったよ」
陽子が言うと、
「まあ、陽子ったら!」
そう二人に言われて、三人は大きな声で笑い出した。
「でも、おもしろかった」
「本当に」
「たまに外に出るのもやっぱりいいわね」
そんな、危険極まりない話に花を咲かせながら、三人は野木のある小山を登り、待っていた空行師と落ち合った。まんじゅうを分け合って食べてから金波宮へ戻ったのである。その夜は景麒を夕餉に招いて、桜の美しさを土産代りに十分に伝えたのだ。もちろん、妙な男たちのことは内緒であった。

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