皆さま、こんばんは。いつも祭にご投稿及びレス、拍手をありがとうございます。
本日の北の国、最低気温は11.9℃、最高気温は31.1℃でございました。気温差20℃! 勘弁してください、令和ちゃん……。
ラストスパート中の管理人、第6弾を仕上げました。今回も尚隆登遐後の利陽でございます。苦手な方はご注意を。
登場人物 利広・陽子
作品傾向 シリアス(尚隆登遐後利陽注意!)
文字数 1402文字
彫像のように動かなかった女王が、不意に肩を跳ね上げた。大きく身を震わせ、細い指を膝の上できつく組む。利広は冷たくなっていくその指に手を添えた。女王は反射的に右を向く。笑みを湛えて眼を合わせると、女王は深く息をつき、再び望月を見上げた。
「――王さまの耳はロバの耳……」
微かな呟きが形のよい朱唇から漏れ出る。利広はいつもの如く愛しい女の肩を抱き寄せ、密やかに紡がれる言葉を待った。
「──並ぶ者なき王と呼ばれながら、私の願いは、ひとつしか叶わなかった」
淡く笑う恋人は王の貌をし、遠くを見やる。華奢な肩にかかる豊かな髪を弄びながら、利広は黙して問わず語りに耳を傾けた。
「愛するひとと結婚して……共に暮らし……そのひとの子供を産み育て……一緒に年老いていくこと……」
言って女王は小さく笑う。それは、切ない自嘲の笑みだった。何を聞いても驚かない、問い返しもしない。遥か昔に交わした無言の約束を守りつつも、利広は細い肩を抱く手に力を籠めた。女王は、ゆっくりと利広を見上げる。そして、いつもはしない問いかけをした。
「──莫迦な女、でしょう……?」
「可愛い女だよ」
決して叶うことのない願いを語る麗しき胎果の女王に即答し、利広は微笑してその頬に口づける。愛しい女はふいと横を向き、小さく呟いた。
「酷い女、だよね……」
「知っていて君を抱く私は、酷い男だろう?」
利広は軽く笑った。女王は喪われた伴侶を忘れない。利広もまたそれを忘れたことはないのだ。その想いを知る女王は、そっと利広に身を寄せた。
「……利広は、酷くない」
「君は、可愛い女だよ、陽子。私に気遣う必要はない。私は君を抱きたいだけの狡い男なんだから」
恋人の細い身体に腕を回し、利広は率直な本音を告げる。ありがとう、と囁いて、愛しい女は花ほころぶような美しい笑みを見せた。
それでも君は泣かないんだね。
利広は胸でそっと呟く。
「──利広?」
女王は不思議そうに名を呼ぶ。そして、利広の顔を覗きこんだ途端、翠玉の眼を大きく見開いた。
「どうしたの、利広」
慌てたように問う女王を見て、利広は己の頬が濡れていることに初めて気づいた。ごめんね、と必死に謝る女王を抱き寄せて口づけ、笑みを浮かべて告げる。
「私はね、幸せなんだよ、陽子」
そう、利広はずっと焦がれていた愛しい女をこの腕に抱ける幸せを噛みしめている。その気持ちに嘘も後ろめたさもない。しかし。
──かの御仁は、もういない。
この、打ちのめされるような想いは、利広のものなのだろうか。それとも、かの御仁の伴侶だった、腕の中の女のものなのだろうか。
どんなときにも涙を見せない女王の代わりに泣いたわけではない。そんな烏滸がましいことは言えない。それでも、一度溢れた涙を止めることはできなかった。
やがて、華奢な腕が優しく利広を抱いた。柔らかな朱唇が利広の涙を拭う。
「──ありがとう、利広」
限りなく優しい声で、愛しい女は囁く。そして、今まで見たことがないくらいに幸せそうな笑みを見せた。
「あなたがいてくれて、よかった……」
応えを返そうと開きかけた利広の口を、瑞々しい桜唇が封じる。
君から口づけてくれたのは、初めてだね。
熱い想いを唇に託し、利広は愛しい女をきつく抱きしめた。
2019.05.26.
前作と同じく雰囲気で読んでくださいませ。
さて、本日は投稿終了日でございます。ラストチャンス! あなたの素敵な桜、まだまだお待ち申し上げておりますよ。管理人と共に足掻きましょう(笑)。


二人の間にはいつもかの方がいて。彼を挟まないと成り立たなくて。
未生様の利陽を拝見してから、散る桜は利陽のイメージが割と固定しています(笑)。
今回も、切なくも美しい利陽のお話を読ませていただき、どうもありがとうございました!


利広がみせた涙は、いじらしさ、切なさ、やりきれなさ、愛しさ......色んな想いが重なってのものなのかなと思います。 謝りながら、それでも幸せそうに笑う陽子さんに胸が一杯になりました。
切ない、けれど優しさに溢れたお話をありがとうございました。


あなたさまのネコ型ロボット試作品・葵でございます。
利広さんと陽子さんの間に、かの御仁の影がくっきりと横たわりながらも、なおも互いに手を伸ばさずにはいられない慕情が胸に甘く苦い痛みを呼びます。
人が人を想うことは決して罪ではないのだけれど、二人の優しさが疼いてしまうのでしょう。
情感あふれる素敵なお話を堪能させていただきました!
ですが、ひとこと告白させていただけるなら、私は未生さまの描く利広がとても好きです。私の描く彼には(たとえお話に関係にない絵であっても)未生さまの利広成分(笑)が含まれているんだろうなと、このお話を読んで気が付きました。・・・遅いですねぇ。本当にいろいろ(笑。
じんわりとするお話でした
(でも、利広を泣かせたのは陽子のせいなのかなと思った途端、某王様の人の悪い笑みと、風来坊の太子様の壮絶な笑顔が頭に浮かんで、怖かったです… ^^;)


利陽をお気に召してくださりありがとうございます。
利広はかの方を忘れない陽子主上を受け入れることでその心身を手にしています。故にいつもかの方がそこにいることになりますね……。自分で書いていて悲しくなってまいりました。
散る桜が利陽のイメージ! 嬉しいお言葉をありがとうございます〜。需要がないと思いつつ書き続けてまいりました甲斐がございました。こちらこそご覧くださりありがとうございました。
文茶さん>
そうなんです。泣き虫陽子はかの方と共に去りました。けれど陽子主上は寄り添う利広に胸の内を明かせるようになっております。
利広の涙はずっと書きたくて(なんといっても初筆が07年/笑)今回やっと書けました。幸せそうに笑う陽子主上の本音もそのうち聞いてみたいと思います。ご覧くださりありがとうございました。
葵さん>
まあ、可愛いネコ型ロボットですこと。お膝へいらっしゃい〜。
美しいコメントを拝見して涙ぐんでしまいました……。ご覧くださりありがとうございました。
senjuさん>
ああ、祭には間に合いませんが、妄想昇華はいつでもウェルカムでございますよ! 是非是非跡地または宝重庫に飾らせてくださいませ。お待ちいたしております。
そして凄い告白を受けてしまいました……! ああありがとうございます! senjuさんの描く利広には私成分が含まれているなんて光栄でございます〜。
ネムさん>
ここまで心情を吐露してくれるようになったことに喜びも感じている利広がつい見せた涙。ずっと書きたかったので最後に出せてうれしく思います。
最後のお言葉で二人のにらみ合いを想像して私も少し怖くなりました(苦笑)。
ご覧くださりありがとうございました。
蛇足ですが、このお話、拍手の段階では枕語りでございました。結構修正が大変だったことをここに記します……(苦笑)。
未生さん、今年も開催有難うございます。
今年で最後とのこと、長らくおつかれさまでした。
最後のお祭りに参加できてうれしいです。
今年は新刊がいよいよ発売されますね!
驍宗様はどうしておられるのでしょうか…新刊のお知らせがあってから、乏しい想像力での妄想が止まりません。
難しいとは思いつつ、ハッピーエンドを願ってしまいます。
驍宗様が無事お戻りになって戴が平和になりますように…という
祈りを込めて、拙作を投稿させていただきます。
笑顔笑顔笑顔!!!
戴の春ですね。
本当にこうであってほしいものです。
一気に花が咲きましたね。皆の笑顔が一斉に咲いた瞬間!特に驍宗様の後ろにいる泰麒の本当にうれしそうな笑顔に、つい涙が…(うるうる)
祈りが通じる世界ならば、本当に戴には春が来るでしょう。すばらしいイラストをありがとうございました!


あぁ、皆の笑顔が眩しいです! 泰麒も普段なら礼節を持って驍宗さまに接するんでしょうけれど、抱きつくくらい嬉しくて仕方ないんだろうなぁと思うと、早く二人を会わせてあげたい!と思わずにいられません。
一日も早くこんな場面が訪れますように。
素敵な桜咲く戴をありがとうございます!


本当に、本当に、新刊にこんなシーンであって欲しいですっ!
渋い驍宗様の素敵な微笑みを、どうもありがとうございました。


戴の皆さまの笑顔の一場面、どうか新作でこんな場面を見ることができますようにと願わずにいられません…
柔らかな抑えた色彩がさらに笑顔を輝かせていて、とても眼福な一枚を拝見させていただきましたm(__)m
ああ、なんて素晴らしい光景でしょう!みんなの喜びが爆発しているみたい!
驍宗さまの(嬉し涙を?)堪えているような表情や、泰麒の満面の笑み、そして敬愛慈愛に満ちた李斎の横顔を眺めれば、もう、胸がいっぱいになります。
これを待っていました!そしてこうなることを待っています。
希望あふれる素敵な眼福をありがとうございました!


ああ、新刊でこんな場面が見たい! 心からそう思います。驍宗さまが無事お戻りになることを願って已みません。秋が楽しみでございますね!
ひめさん、ネムさん、文茶さん、桜蓮さん、葵さん、饒筆さん、先レスありがとうございました。
お久しぶりでございます。
長く辛い冬を耐えてきた戴の国民が幸せになれますように…!
新刊ドキドキです…
>ネムさま
こちらこそ、またお話できてうれしいです!
戴のどこかに黒幕が…等考えると切なくなるので、
せめて想像の中だけはみんなで笑いあっていてもらいました。
どうか、あたたかい春がきますように…
>文茶さま
お久しぶりでございます!
きっと驍宗様に無事再会できたら、遠慮深い泰麒でもきっとこれくらいはしゃいでしまうのでは…と思って描いたので、気付いてもらえてうれしいです。
どうかご無事で…
>桜蓮さま
はじめまして、コメントありがとうございます!
4冊もある新刊…今から期待で胸が張り裂けそうですが、
ハッピーエンドであってほしいですね!
>葵さま
はじめまして、コメントありがとうございます!
拙作に過分なお言葉、とてもうれしいです!
苦難ばかりの戴の方々のしかめっ面っが緩む日が来ることを祈るばかりです…
>饒筆さま
お久しぶりでございます!
小野先生の書かれる続きがとてつもなく楽しみであると同時に、恐ろしくもあって…
私の希望100%で描かせていただきました。
新刊で幸せな戴がみられますように…!
>未生さん
最後のお祭りにお誘いいただけて本当にありがとうございました。
今年はバタバタしてしまい、皆様の作品にコメントできなかったのですが…たくさんの素敵な作品、楽しませていただきました。
最後に、素敵なお祭りを本当にありがとうございました!
そっと土の中から這い出て参りました、葵という粘液に塗れた生き物です。
未生さま、このたびも桜祭りの開催をご決断くださいましてありがとうございました。毎年、花の時期がくるたびにこちらのお祭りを大変楽しみにさせていただいておりました。未生さまや十二国記を愛好する皆様と一堂に会する場は心の癒しであると共に支えでもありました。
薫風にのって聞こえてまいりますお祭りの御囃子にワクワクソワソワしながらも、なかなか自らの献上品が仕上がらず、とうとうこんなギリギリになってしまいました。
人生もギリギリな葵ですが、献上もギリギリ。貯金高もギリギリです。こんなギリギリ女ですが、お祭りのお目汚しにささやかな粗品を献上させていただきます。
登場人物:モブ女、陽子
作品傾向:普通郵便120円
文字数:4000字
今年もまた川に雪解け水が流れ込む季節になりました。
送っていただいた卵果は順調に膨張してるみたい。昨年、扉に丸い硝子を嵌め込んで覗き穴を作ってくださったけど、あれは秀逸です。育ち具合が扉の外から観察できますもの。ちょうどうちのチビの背丈ぐらいまで育ちましたよ。数日中に生まれそうです――たぶん週末ぐらいかな。
お天気も良さそうだし、お暇があればまた空から降って来ませんか。ご一緒に眺めたいわ。チビも喜びます。今年でもう12になるんですよ、びっくりでしょう。あなたに最初に会ったときには乳を吸っていたのにね。
毎年、吹きゆく風に若芽の青臭い香りが混じると、あなたが初めて空から落下してきたあの日のことを思い出します。相変わらず脈絡なくあちこちに落下していることと思いますが、あまり変なところに落ちるのはやめてください。あなたを回収しに来る人たちは毎回本当に大変ですね。
生きた人間が降って来るのを見たのはあれが初めてでした。木と木の間に張ったばかりの吊床の網をぶちぬき、なけなしの弁当の上に尻の下にどすんと敷いたときには殺意が湧きましたね。でもあなたはずるいのです。男装の麗人の迫力というものを私はあのとき初めて知ったのでした。
なんて綺麗なお顔。弁当の山菜ごはんにまみれながら、凛々しい眉と、炯々と輝く翡翠の瞳にぼうっと見惚れましたっけ。怪我はないか?なんてほざいて差し出された剣だこのある細い腕。私は髪に煮筍を、あなたは鎖骨に鶏のから揚げをくっつけて、互いに見つめ合いましたっけね。
破壊された道具類を片付け、弁償にと差し出された金子を少々大目にふんだくってようやく溜飲が下がりました。台無しになった昼飯のかわりに鍋で米を炊き直してくれるあなたのうなじを見下し、唐突に私は許すことにしました。私は美しいものにめっぽう弱いのです。あなたのうなじは凛として、小麦色で滑らかで、そりゃあ綺麗だったから。
あなたは炊きたてのご飯を三杯もおかわりして食べながら(それ私の米です)、ぐるりを見回して「このあたりは桜がないのか」と呟いた。この土地のことを御存じない人がいることに、びっくりしてしまった。狭い里の中で暮らしているものだから、うっかりここの常識が世界の常識だと思い込んでしまっていたのね。
「もちろん生えるけど、大きくなって花芽をつける前にみんなてんでにどこかへ行ってしまう」と言ったらあなたは可愛い目を丸くした。
「どうやって?」
この土地に生えた桜は根っこを足のように使って自由に動けるので、もっと居心地のよい場所を求めて出て行ってしまうのだと説明すれば、なんで桜だけ?とわけがわからないご様子で、何食わぬ顔で茶碗に四杯目のおかわりをよそった。食べ過ぎですよ。
まあ里の者にしたって桜が逃亡する理由は知らない。ただ昔からずっとそうだったと聞いている。稲は植えられたまま微動だにしないし、果樹の類も日当りのいい場所を求めて動いたりはしないのに、なぜ桜だけ動けるのか。まあ別に生活に支障はないからいいかな。日常なんてそんなふうに流れていくものです。
食後、あなたは新しい吊床の紐をぶきっちょに編みながら、ぶらぶらとそこらを歩き回った。
石灰岩の丘陵の中腹にひっそりと佇む私たちの里は、傾斜にひしめく細長い棚田が陽光をはじき、さながら砕けた鏡の迷宮のよう。朝夕に谷間から立ち上る靄は金銀に煌めき、波のようにひたひたと田野を侵食する。
山肌にはいたるところに大小の洞窟が口をあけ、とびきり冷たい湧き水がさらさらと滲み出している。鍾乳洞の奥まった一隅を彫りこんで、居住可能な小堂にしつらえてあるのだけれど、小さな仄暗い房室が身を寄せ合い、軒をつらねるさまは表の棚田をそのままひっくり返して裏にしたようだ。夏の暑い時期には皆ここで涼む。
興味深そうに洞窟に踏み込んだあなたは、やがて房室のいちばん奥にそそり立つ華殿を見つけた。巨大な石筍を彫りこんだそこはちょっとした宮殿のようで、こんな鄙びた里には場違いだけれど、私が生まれたときからあるものだった。雲の上から降りて来た仙人の大昔の離宮などとまことしやかに言われているけれど、真偽のほどは定かではない。
どんな鍵も合わぬ開かずの宮殿だったのに、あなたがちょっと指を触れただけで――まあ!いとも滑らかに両扉が開門したのだから、私は口をぽかんと開けた。びっくりですよ。なんの躊躇なくずかずか入り込んでいくあなたに二度びっくり、慌てて背を追いました。
なんとも奇妙な広間でしたね。
明るくはないけれど暗すぎもしない。
しんと静まり返って物音ひとつしない。
ぴかぴかの床には唐草模様のモザイクタイルが整然と敷き詰められていて、塵一つ落ちていない。
目に沁みるような青に塗られた左右の壁には背丈ほどの細長い窓があったけれど、窓の向こうはただ漆黒の闇ばかり。首を突き出してみても何一つ見えはしなかった。窓辺に鈴蘭の花を象った灯籠がぽつんと項を垂れて、弱弱しい光の輪が闇を掻き混ぜている。天井を仰げば、そこもひたすらの青。壁と違うのは白い雲の絵が一面に描かれていることで、まるで本物の空みたいだ。
中央に、お皿みたいな形をした陶器製の窪んだ台座があった。不思議な冒険の途中だというのに、あなたはいかにも気の抜けた声で「あー、奴が言ってたのはこれか」と呻いたわ。
懐からつるつるした小さな卵果を取り出し、無造作にその台座にのせると、卵果は生まれたときからそこに生えていたみたいに、ひどくしっくりとおさまってしまった。
卵果はこれからデカくなるだろう、デカくなったら自然と割れて、中から何か出て来るはずだ、それを使えば、もしかしたら過去に逃亡した桜の群れがごっそり見つかるかもしれないとあなたは言った。
「人から聞いた話をそのまま言ってるだけだから曖昧だけどね。昔の文献にやたら詳しい男がいてね、なんつったかな、卵産宮段、至歩桜苑……とかいう詞があるんだってさ」
――卵果、宮ノ段ヲ産ミ
――歩桜ガ集フ苑ヘト至ル
たったいま床の台座に据えた卵果は、いつか青の宮殿に行き合うことがあったら植えておやりなさいと、その男にまるで犬に骨を与えるような気軽さで、ぽいと投げてよこされたそうだけど、そもそもなんでそんな卵果を持ってたのかしら、その男。
洞窟から出ると、外の明るさにぐっと目が眩んだ。
よく見えないでいるうちに、大小の変な獣の群れが空から次々降って来たかと思うと、馬上からものすごく筋肉まみれな武人が飛び降りてきて、あなたを小脇に抱えあげ、捕獲完了とばかりにあれよあれよと空へと帰っていってしまった。すべてが一瞬の出来事でした。私はわけもわからず呆然と手を振った。あなたもおにぎりを持ったまま振り返した(それ私の米です)。
あなたが慌ただしく去ったあと、あの宮殿の扉はまた開かなくなってしまった。
うちの太めの旦那が体当たりしても駄目だった。でもめげずにドンドン叩き続けていたら、ある日ふっと何事もなかったように開いたのです。そうして中には、天井いっぱいまで育ったあの卵果がそそり立っていた。デカくなるとは聞いていたけれど、予想外のデカさでした。
殻に耳をつけると戸を叩くような音がした。見守るうちにも、ぽろん、ぽろんと殻が剥がれて穴が開き、ふうわりとした薄金色の光が零れ出て――そうして卵果から生まれたのは……
――え、……階段?
まさか本当に卵から階段が生まれるとは思ってもみなかったわ。
生まれたばかりの階段はつやつやで、黄金の手摺が美しく、足をのせてみると柔らかく撓んだ。しかもほんのり温かい。階段は宮殿の天井を突き抜けてなおもその先へと続いていた。一段ごとに光が増して、ふっと頭が何かを突き破ったと思ったら、もうそこは一面の桜、桜、桜。千本とも万本ともつかぬ、桜の苑でした。
花弁が華やかにきらめいて重なり合う。薄桃色に透けた花々はしんしんと無心に歌っているかのよう。鍾乳洞はどこへ消えたんでしょう。ただ、なだらかな平野が波のようにうねりながら延々と続いていた。突兀とした山脈の連なりが遠景におぼろに霞み、空には太陽が見当たらない。白綿のような優しい光がどこからともなく差しこみ、あたりを満たしているばかり。
里から逃げ出した歴代の桜たちは、皆ここに集まっていたんですね。
おおかた人間に枝を折られたり、毛虫に葉を食われたりするのが嫌で逃げたのでしょうけれど、あまりに数が多すぎて、息を吸うたび花弁で肺が詰まってしまいそうでした。
太めの旦那とふたり、寝転がってひとしきり花見を堪能しました。夢のような時間を過ごしてから、また階段を下って里へ帰りました。帰ってみて驚いたのは、私たち夫婦はなんと一週間も行方不明になっていたことです。里人たちはあちこちを捜索してくれ、おおかた崖から落ちでもしたんだろうと半ば諦めていたところにひょっこり戻ったものだから、大いに騒がせてしまいました。
あれから毎年、花の季節になるとあなたは新しい卵果を送ってくれるようになりましたね。
すでに里人の皆も総出であなたをお待ちしています。満開の桜の花見に行くのはそりゃあ楽しみですもの。もちろん一週間分の家畜の餌はたっぷり用意したし、畑の草ひきや水やり、薪割り、すべての準備も万端に済ませましたとも。今ではここは「春の一週間だけ里人が消える邑」として有名らしいです。
山菜ごはんに煮筍、唐揚げ弁当の準備も整ってます。あなたのために米はたくさん炊いておきます。新しい吊床も編んだから、桜の枝に結べば花の中でうっとりと昼寝ができますよ。あなたのお友達や、筋肉まみれの武人もぜひ連れて来て、みんなで花見をしませんか。
そうだ、たまには男装じゃなく女装はどう?きっと綺麗だと思います。何度も言うけれど、私は美しいものにはめっぽう弱いんです。
ではでは、お待ちしていますね。
敬具
葵ワールド健在ですね。いろんなものが歩き回って、不思議な世界が展開して、陽子が元気に世界を巡って、そして美味しいものがちゃんと用意されていましたね(山菜ごはんに筍〜v)山肌の小さな村や青い洞窟、そして桜の苑の美しい描写も相変わらずで、私も一週間行方不明になりたいです(笑)
びっくり箱のようなお話、楽しませて頂きました!


わっしわっし歩く桜を想像し、指輪物語のエントを思い出しましたが、あんなにゴツくはありませんわね。 なんといっても桜ですもの、楚々と歩くにちがいない......かな!? (笑)
モブ姐さんのツッコミがもう楽しい楽しい! 王宮に召し上げて陽子さんとコントを繰り広げて欲しいくらいです(笑) そして綺麗なものがお好きな彼女に、陽子さんを飾り立てて欲しいですね〜。 求人票来てません!?(笑)
葵さまの不思議ワールド、堪能させていただきました!


青の宮殿の卵果に、歩く桜、是非この目で見てみたいです!
それにしても、閣下(だと思い込んでいます)は、本当に不思議なものを色々お持ちですね!
そして、陽子さん、さすがに食べ過ぎですよ!(めっ!・笑)
コチコチ頭になってしまった私にもわかりやすい今回の葵ワールドでした(笑)。
書簡形式、っていうのがまず面白いですね。モブ姐さん楽しい。空から落ちてくる陽子にびっくりしない。
一週間邑人全員が行方不明。
桜が動く。歩く。
でも、桜が集まったところには桜餅がいっぱいあったはずなんですけどおかしいな(笑)。


ネムさまぁ!だだだだだだだ(イノシシのようにおそばに駆け寄っております)御久し振りでございます、お会いできてとても嬉しゅうございます…!
うんうん、美味しいものは欠かせませんとも。ネムさまも筍がお好きでいらっしゃいます?奴らは大人にあんなに硬くなるのに、顔をだしたばかりのときはなんて柔らかくて美味しいのでしょうね、むむむ。
慶の桜は自立心に富んでいるので、きっと歩けるに違いありません!
読んでくださいまして、ありがとうございました!
>>文茶さま
文茶さま、いつもツィッターではお世話になっております!
指輪物語のエントさんたち、最高ですよね。葵はせっかちエントのブレガラドさんがイチオシでございます。うんうん、桜さんですから、もう木の髭さんよりちょっぴりほっそりしてて、優美でたおやかっぽい!
モブ姐さんと宮廷漫才、いいですね…!ぜひ見てみたいなぁ。
読んでくださいまして、ありがとうございました!
>>桜蓮さま
桜蓮さま、ちゅっちゅっちゅっ(お顔中にちゅうをかましております)こんばんは!
歩くんですよぅ。のっしのっし…桜さんが移動したあとには穴があいていて、そこはプレーリードッグの巣になっているのです。常世版プレーリードッグ、名称はたぶん棒立鼠。
陽子さん食べ過ぎ疑惑、こんなに炭水化物ばっかり摂取してて太らないところが羨ましいところでございます。
読んでくださいまして、ありがとうございました!


おお、ひめさま、こちらにもコメントを残してくださるなんて…!ありがとうございます(伏礼)
良かった…!今回のへんちくりん話はそれほどぶっ飛んでなかったようで、ほっと貧乳を撫でおろしました。桜がいっぱいあるところには桜餅が…おおお、そうか、桜餅の描写を忘れてしまっておりました。痛恨の桜餅ミスでございます。
読んでくださいまして、ありがとうございました!
そうそう、生まれたばかりの階段を昇って辿り着いた桜園でも、実は桜たちは肩(枝)を組んで揺れたり歌ったりしていたら楽しそうですね。
タイやヒラメが踊る竜宮城みたいに……いやはや、奪われる時間が一週間で良かった!
あと、「(それ私の米です)」というツッコミが好き過ぎて声に出して読んでしまいました。それ私の米です。あーいつか言いたい使いたい!(あはは!)
唯一無二の不思議で美しくて楽しい花見の御作、存分に楽しませていただきました。ありがとうございました!


今年の葵ワールドはモブ姐さんのユーモアに満ち溢れていますね! 去ってしまう桜、そんなものを調べてしまう某閣下、卵果ってそんなに簡単に手に入る物ナンデスカとツッコミを入れたくなりました(笑)。
愉快なモブ姐さんは金波宮にお米を請求してもよいかと思います。陽子主上、明らかに食べすぎでございますから(笑)。
ネムさん、文茶さん、桜蓮さん、ひめさん、饒筆さん、先レスありがとうございました。


きゃあ、饒筆さま!ぎゅうぎゅう!(いきなり鼻息荒く饒筆さまに抱きついております)
桜ちゃんのダンシング、いいですね!これだけたくさん生えてたらら、フラッシュモブみたいなのできるかもしれません。
「それ私の米です」は応用の利くワードですので是非是非日常で使って下さいませ。満員電車で、牛丼屋で、鼠ランドで、いろんなところを米まみれにいたしましょうぞ同志様。
読んでくださってありがとうございました!


未生さま、このたびは楽しいお祭りを開催してくださってありがとうございましたm(__)m
ええ、うちの閣下はぶっちぎりの変態設定ですので、いろんなものを集めてしまう性癖がございます。彼の知力財力人脈をもってすれば簡単に変な卵が集まってしまうのでした。
そうですね、モブ姐さんは金波宮に米を請求してもらいましょう!毎年花見のたびにかなりの量の米が消費されているに違いありませんとも。
読んでくださってありがとうございました〜!
速世未生様、皆様、はじめまして。碧壱(あおいち)と申します。
大変遅ればせですが、桜祭ご開催おめでとうございます。
十二国記歴は大変浅いのですが、こちらのお祭が最後と聞いて、なんとか小説らしきものを書き上げ参上した次第です。拙いうえ、ろくに推敲もできていないものを皆様の作品と並べてしまうのは大変心苦しいのですが、枯れ木も山の賑わいとして、ご笑覧くださいますと幸いです。誤字などの他、n番煎じのネタ被り等もあるかもしれませんが、何卒ご寛恕くださいますようお願い申し上げます。
速世未生様、このような素晴らしいお祭を本当にありがとうございます。参加できる機会を得ましたことを大変光栄に思います。
登場人物:陽子、鈴
作品傾向:ほのぼの
文字数:2069文字
「失礼いたします、主上」
かけられた声に陽子はおやと思う。衝立の向こうから姿を現したのは、本来ならここにはいないはずの友人だった。
「今は他に誰もいないよ」
それは『堅苦しいのはやめてくれ』と暗に伝える、陽子のお決まりの科白だった。伏せていた顔をあげた鈴は小さく笑いをこぼす。書卓脇の小卓へ近づいた鈴の手には、茶器を載せた盆があった。
「内殿に来るなんて珍しいな」
「陽子への贈り物をお預かりしたから、すぐに渡さなきゃって思って」
「贈り物?」
陽子の問いには答えず、湯を持ってくると言うなり、鈴は小走りに部屋を出ていってしまった。呆気にとられた陽子だったが、はたと気付く。ここでお茶を淹れるのか――。普段は女官が厨房で淹れたお茶を茶海に移しかえて運んでくる。茶器一式を運ぶとなると嵩張るし、なにより湯を沸かすのに使う鉄瓶は重い。だから鈴も先に茶器を持ってきたのだろう。煩わせてしまったという思いに、また溜め息がこぼれた。重たい手つきで反故紙を丸め、書卓の上を申し訳程度に整えていると、入室を告げる鈴の声と足音が再び聞こえた。鈴が淹れてくれるお茶を飲んだら、先ほど書き損じた書簡を書き直さねばならない。それが終わったら次は――またぞろ思考が鈍りだした矢先、茶托を置く小さな音が耳に届いた。
「陽子」
「……ああ、ありがとう」
礼を言って茶杯に手を伸ばしたものの、陽子は途中でぴたりと動きを止めて、目を瞬かせた。お茶を差し出されたとばかり思っていた陽子の目に飛び込んできたのは、一口にも満たない僅かな水と、長さ一寸ほどの小さな固形物が入れられただけの茶杯であった。これは……茶葉、だろうか――。初めて目にしたそれは、艶やかな白磁に映える浅紅色をしていた。
「見ていてね」
怪訝そうに茶杯を覗き込む陽子の目の前で、鈴がそっと湯を注ぐ。数舜ののち、ふわりと立ち昇った香りに陽子は目を見開いた。
「これ……」
思わず手に取った茶杯の中で桜が一輪、ゆっくりとほどけるように開いていく。
「すごい……」
「桜湯っていうんですって」
「どうしたんだ、これ」
「延台輔が持ってきてくださったの。今年のは風味が格別だから、陽子にお裾分けって」
「延麒がきたのか?」
聞けば昼過ぎに急に訪ねてきた彼は、陽子か景麒を呼んでくると言った鈴たちを押しとどめ、手土産を渡すや否や、疾風の如く立ち去ったという。きっと門卒たちも面食らったに違いない。その様子がありありと目に浮かんで、陽子はそっと口元を緩める。恐らく延麒は、陽子がこの三か月の間、金波宮を離れられない状態だったことを知っているのだろう。彼が知っているのならば無論、彼の主も。お裾分けは見舞いの口実で、鈴は更にそれを口実にして、働き詰めの陽子の様子をうかがいに来たのだ。心配ばかりかけて申し訳ない反面、彼らの心遣いを嬉しいと思ってしまう自分を自覚して、陽子はひそりと苦く笑う。桜湯を一口啜ると、鼻に抜ける甘い香りに力が抜けた。ほのかな塩気が疲れた体に染みていく。まるでみんなの優しさを飲み込んだようだと、陽子は思った。
「――ごちそうさま」
「お代わりは?」
「いや、もういいよ。――鈴、ありがとう」
鈴はきょとんとしたあと、面映ゆそうに笑いながら茶杯を受け取った。
「御礼は延台輔に申し上げないと」
「うん、あとで鸞を送るよ。ねえ、この桜湯って、まだあるのかな」
「ええ、壺いっぱいに」
「よかった、なら近々みんなでお茶会をしよう。今年は花見ができなかったから、その代わりに」
お茶会と聞いて明るくなった鈴の顔が途端に曇る。無理をしちゃだめよと言う鈴に、陽子は軽く首を振ってみせた。
「あと数日で片が付くから」
「本当?」
「うん。蓬餅が食べたいな、まだ作れる?」
「陽子ったら、なんだか急に元気になったわね」
「そうかな」
「最初に部屋に入ってきたとき、酷い顔をしていたわ」
「ああ、二月からずっと書卓にかじりついていたから。さすがに目が疲れた」
さて、と陽子は呟いた。そろそろ仕事を再開せねばならない。両腕をぐっと上に伸ばす。肩が痛みを訴えたが、凝り固まった筋肉がほぐれる証のようなその痛みが心地よく感じられた。ゆっくりと腕をおろせばじわりと血が通ったような気がして、詰めていた息をほっと吐き出す。その瞬間――かすかな桜の香りが、鼻をくすぐった。
「あ……」
「どうかした?」
「いや――春が来たな、って」
「ええ?」
もうすぐ五月になるわよと言って鈴は首をかしげたが、陽子は小さな声でいま春が来たんだと言うと、ただただ幸せそうに、まるで花が綻ぶように笑ったのだった――。
3カ月缶詰状態だった陽子。ものすごくリアリティがありますね ^^; でもその分、茶杯の中で桜の花がゆるゆると開く描写に、陽子の気持ちが重なって、何とも言えずあたたかい気持ちになれました。陽子の「いま春が来たんだ」という台詞に、彼女と周りの人々の想いが集約していますね。
また機会があれば、お話読ませて下さいませ。


頑張る陽子主上をさり気なく気遣う皆に心温まりました。 言葉にせずともちゃんと伝わっているんですよね。 そんな仲間が陽子主上のまわりにたくさんいてくれることが嬉しくてたまりません。
桜湯の花が柔らかく開いていく様子に、こちらまで気持ちがほぐれました!
温かなお話をありがとうございます!


陽子さんの周りの人々の優しい気遣いと、桜湯の中でふわりと開いた桜の花が重なって、とてもあたたかい気持ちになりました。
こんなふうに皆のあたたかな支えがある赤楽王朝は、きっとこれからも長く続いていくのでしょうね。
素敵なお話を読ませていただき、どうもありがとうございました!


ふんわりとこちらに桜の香りが漂ってきそうなお話、堪能させていただきました。
3ヶ月間の缶詰、お仕事づくしでお疲れの陽子さん…容易に想像できてしまいますね;慶はまだまだ復興途中だけれど、でも最後の一文で、ああ慶にも春が…と文字の間に世界が広がる心地がいたしました。
素敵なお話をありがとうございましたm(__)m
陽子主上のワーカホリック具合がとてもリアルで、またそれが一杯の桜湯によってゆるゆると癒されてゆく様も繊細に描かれていて、陽子さんの胸中も読み手の胸もほっこり温まる、素敵な一幕ですね!
なにより、忙殺されていても周囲の気配りや優しさに気付くことができる陽子さんが一番素敵だなあと思います。
サウイフモノニ ワタシハナリタイ。
ほっとして嬉しくなる御作をありがとうございました!


認証キーを打ち損ねたとのことですが、訂正がある場合は管理人にお申し付けくだされば直しますので大丈夫ですよ〜。
無題とのことですが、できれば題名をいただきたいですね〜。ご検討いただけると嬉しく思います。
鈴をはじめとする陽子主上の周囲の方々の優しさが沁みるお話でございました。陽子主上は根を詰め過ぎですよね〜。そんなときに桜湯で春を感じる……。お相伴したいものでございます。
ネムさん、文茶さん、桜蓮さん、葵さん、饒筆さん、先レスありがとうございました。
度々の遅参、大変申し訳ありません…!
お祭の期間中は些か立て込んでおり、皆様の素晴らしい作品の数々へ感想をお伝えすることが叶わなかったのですが、このように皆様のあたたかいお言葉を頂けるとは…汗顔の至りではありますが、心より御礼申し上げます。
携帯からの投稿のため、脱字等があるかもしれません。申し訳ありません…!
>ネム様
初めまして、コメントをありがとうございます。
赤楽初期は耕地の整備等で田植え前まで忙しそうだという想像のもと、季節の移ろいを愛でる余裕が無い陽子に、周囲の人達が春を届けてあげて欲しいと思って書いたので、そう仰って頂けて、とても嬉しいです。
>文茶様
初めまして、コメントをありがとうございます。
和州の乱後、陽子は「言葉で伝える」ことをなによりも大事にするのではと考えているのですが、文茶様の仰るように「言わずとも伝わる」人達がそばにいてくれる事が、なによりも陽子の救いになるのではと思っています。
>桜蓮様
初めまして、コメントをありがとうございます。
陽子が執務室に籠りがちになると、鈴や祥瓊、虎嘯たちは顔を合わせるたびに様子を尋ね合っているのではと思います。いつか別の道を歩むことになったとしても、皆がくれた思いが陽子の治世を支え続けてくれるはずですよね…!
>葵様
初めまして、コメントをありがとうございます。
登極とともに巧が傾いたのですから、雁の後ろ楯を得ても復興の道は険しそうですよね。桜の季節をゆっくり堪能できるような時代がはやく慶に来て欲しいですね。文才の無さに絶望しながら書いたので、お言葉に恐縮の思いです…!
>饒筆様
初めまして、コメントをありがとうございます。
どんなに仕事がハードでも他者への感謝を忘れない陽子に、皆ついて行こうと思うのではないかと。言われてみれば雨ニモマケズな陽子ですが、「自分も大事にしてね」と言ってくれる人達がいるから、彼女は王でいられるのでしょうね。
>速世様
速世様、拙作へのコメントをありがとうございます。
真面目過ぎる陽子ですが、そんな彼女だからこそ周りにあたたかな人が集まるのだろうなと思います。雁国自慢の桜で作る桜湯、私も飲んでみたいです。
認証キーの件ですが、恐らく本文の訂正はないと思います。お騒がせいたしました。
それと題名なのですが、なんとか考えて近日中にお伝えに参ります…!
末筆ですが、長年のお祭の開催、本当にお疲れ様でした。この素晴らしいお祭に参加できましたことを心より嬉しく思います。投稿の折にも申し上げましたが、重ねて御礼申し上げます。本当にありがとうございました!
皆さま、こんばんは。いつも祭にご投稿及びレス、拍手をありがとうございます。
本日の北の国、最低気温は13.0℃、最高気温は22.2℃でございました。季節はそろそろ初夏でございますね。週末は運動会の小学校が多いであろう我が街、予想最高気温は29℃と33℃。れ、令和ちゃん……。ここは北の国でまだ5月ですからね(苦笑)。
さて、ラストスパート中の管理人、漸く第5弾を仕上げました。尚隆登遐後の利陽でございます。苦手な方はご注意を。
登場人物 陽子・利広
作品傾向 シリアス(尚隆登遐後利陽注意!)
文字数 2208文字
風来坊の恋人は会う度にそう告げる。対する陽子の答えも常に同じだ。
「――そういうわけにはいかないよ」
陽子は王だ。王がしたいようにしては国が乱れるだろう。自らを律し、永く生きること。そう心掛けて幾星霜、したいことなどすぐには思い浮かばないし、それでよいと思ってきた。けれど。
慈愛に満ちた笑みを湛えた利広は困惑する陽子を優しく抱き寄せる。そして耳許で囁くのだ。
「したいようにすればいい、私だけは止めないよ」
臣でも友でもない唯一のひとは、眼を瞠る陽子を温かく包みこむ。陽子は淡い笑みを浮かべた。分かっている。ほんとうの願いなど、叶わぬ夢のようなものなのだ、と。
「やあ」
春風のように軽やかで暖かな声に顔を上げると、風来坊の恋人が笑みを浮かべて入ってくるところだった。久しぶりの訪れに、陽子は笑みを浮かべて立ち上がる。丁度仕事の限りもついたところ、陽子は手ずから茶を淹れて賓客をもてなした。
「今回はどこを回ってきたの?」
「あちこち、だよ」
「そうだろうけど」
投げかけた質問に軽く返されて、陽子は唇を尖らせる。利広は楽しげに笑うと陽子の唇を啄んだ。思わず苦笑を零せば恋人は楽しげに土産を取り出す。
「今回一番の収穫はこれだよ」
「わあ、緋桜だね」
小さめの花房を幾つもつける鮮やかな緋色の桜。南国にしかないと言われる緋桜だ。陽子の歓声を聞いた利広は笑みを深めて説明した。
「寒緋桜、というらしい。南国の桜だよ」
「一度見てみたいと思っていた。ありがとう!」
素直に礼を言って陽子は緋色の桜を手に取る。早速下官を呼び寄せてきちんと活けさせた。笑みを湛えて見守っていた利広はゆったりと土産話を続ける。
「南国の名花はまだあるよ。たとえば月下美人」
「聞いたことがあるよ。咲いてから一夜で散る花だよね?」
聞いて陽子は瞳を輝かせる。香り高く咲き誇りながらも一晩で散ってしまう、儚くも珍しい花。利広は笑みを深めた。
「そう。よく知ってるね」
「綺麗な花らしいけど、なかなかお目にかかれないって」
「そのようだね」
「でも、見てきたんだよね?」
「自国の名花だからね」
恋人は軽く笑い、月下美人の話を続けた。
「別名は月来香。大輪の白い花を一夜限り咲かせる。姿は見えねど香りでその存在を知らしめる美しい花だよ」
そこに花が咲いているかのように眼を細め、利広は楽しげに誘う。
「今度、見に行こうか? 案内するよ」
そんな顔をするほど頻繁に見ているのか、一晩で散るような珍しい花を。陽子は小さな溜息をついた。
少し呆れながらも陽子はこの御仁が過ごしてきた悠久の時に想いを馳せる。陽子が産まれる遥か前から生き、世界を旅してきた大国の太子。風のように軽やかなこのひとを羨ましく思うことは初めてではない。
利広は不思議そうに陽子の顔を覗きこむ。陽子は奔放な風来坊を見つめ返した。望めばどこへでも行ける、自由な風。玉座に縛られた己とは違う。このひとを、風の漢を名乗り、自身も王だった在りし日の伴侶はどう見ていたのだろう。
風来坊が語るかつての北の大国の王は、風漢という通り名どおりの気紛れな御仁だった。利広には陽子が知っている伴侶とは全然違う顔を見せていたようだ。偶さかな邂逅の度に狐と狸の化かし合いの如き駆け引きを繰り返し、時に共闘して危機を凌いできた趣の違う風同士。けれど、片方は王、もう片方は王族ながら王ではない。あのひとは、軽やかなこのひとを、羨むことはなかったのだろうか。
「どうかした?」
利広は苦笑を浮かべて陽子に問う。答えを返すことはできなかった。声なく見つめ続けると、笑顔が近づいてくる。見つめる自由さえも奪われるのか。そう思うと少し腹が立つ。陽子は手を伸ばし、利広の頬を軽く抓った。そして、大きく眼を瞠る恋人に本音を返す。
「少し……羨ましくなっただけ。あなたは、どこへでも行けるから」
私はただ待っているだけ。
陽子は胸で密やかに呟く。もう、心の翼は萎えてしまった。昔のように、身軽に飛び立つことなどできない。頸木はそれほどまでに重い。けれど。
それは、利広のせいではない。風はただ吹きゆくだけ。そして、己は風にはなれないのだ。陽子は自嘲の笑みを浮かべる。単なる八つ当たりを詫びようと口を開きかけたとき、風来坊の恋人は限りなく優しい笑みを見せた。
「どこまでも行くよ、君の代わりに」
柔らかに胸を穿つその言葉。察しのよい春風は無邪気に心の隙間を吹き抜ける。胸の痛みに耐えかねて、陽子は小さく笑った。
悠久の時を行く旅人。風来坊を名乗りながらも、大国の太子は使命を帯びている。各地の情報を自国に持ち帰るという大切な役目を。陽子への土産話などそのついでにすぎないだろう。だから、利広と同様に軽く返した、つもりだった。
「――私がいなくなっても?」
陽子の問いに、恋人は笑みを引く。
「君がそう望むなら」
真顔の利広は即座にそう返した。虚を衝かれ、陽子はしばし絶句する。何ということを口にするのだろう。王でこそないが、長く続く大王朝を担う一柱である太子が。陽子は慌てて首を横に振る。
「――冗談だよ。一国の太子がそんなに軽々しく頷くものじゃない」
「約束するよ」
その言葉とともに陽子は恋人の胸に抱き寄せられた。吐息のような細い声。背に回る強い腕。どちらも利広の本気を告げている。言を翻すひとではない。景王陽子は己の失言に身を震わせた。そんな陽子に、恋人は熱く深く口づけるのだった。
2019.05.24.
さてさて投稿終了日まであと2日でございます。お手元に書きかけ描きかけの桜はございませんか。その作品、仕上げて祭に出しましょう。今年がラストでございます。管理人と共に足掻きましょう(笑)。
あなたの素敵な桜、まだまだお待ち申し上げておりますよ。
そう言えば、王が亡くなった後、その家族は仙籍のままでいられるのでしょうか?利広なら、実は自分も知らないうちに、既に天仙の類になっているような気がしてきました(笑)
ラストスパート、頑張りましょうね!


シリアスなお話ですが、陽子さんが利広の頬を抓るシーンが微笑ましくてほっこりしました。 拗ねる陽子さんが可愛らしくて^ ^
陽子さんにとって風のような利広は、羨ましくも大切な存在なのですね。
ネムさまの利広天仙説、現実味があります(笑)


うわ、頭の中を覗かれたような気がいたします。王はいつか斃れる。けれど国は王が斃れても残る……。そう言う柵を超越している(ように見える)仙である利広に見届けてもらいたいという気持ちはあると思います。そして利広はいつか置いて逝かれると思っている……。自分で書いていながら、うわ〜と叫びたくなります(苦笑)。
王がなくなった後、残った家族といえば、梨耀さまのお友達、臥山は芥沾洞の洞主が先々代の景王の母親だそうなので、仙籍に残ることはできるのではないかと。
利広ならば本人が知らぬうちに天仙になっていてもおかしくはないですね(笑)。
ラストスパート頑張りました〜。ありがとうございます。
文茶さん>
「帰山で十題」の「月下美人」を思い出してくださりありがとうございます。きっと月下美人を見れば利広はあの時を思い出すのでしょう。陽子主上の反応を窺ったりもするかもしれませんね〜。
ほっぺつねつねをお楽しみくださりありがとうございます。甘えているのだと思います。それだけ利広の存在は大きいのでしょう。
お二方、妄想を邁進させるご感想をありがとうございました。
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